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俺は、起き上がってそのまま長椅子に座った。
大久保先生は、跪いて患部を診ながら、歩けるのか、氷を当てて楽になったかなど、症状について俺に尋ねた。
何回か問答した後、大久保先生は頷く。
「軽い捻挫だと思うよ。患部を固定しておくね。」
そう言って先生は包帯を手に取り、俺の足首に巻き付ける。
その際、左手の薬指に指輪が光っているのが見えた。
…そう言えばこの人、最近結婚したってクラスの奴が噂していたな。そして、そいつは何故かとても残念そうな顔をしていたな、などと思い出す。
「……出来た。この後は、絶対安静ね。競技に出たりはしないで。」
包帯を巻き終えた先生はそう言った。
「はい」
「一応様子を見て、痛みが酷くなるようだったら病院に行くんだよ。」
「はい」
俺が頷くと、先生は立ち上がり、微笑んだ。そして、俺の頭を優しく撫でる。
「この後は観戦かな?気をつけて楽しんでね」
その優しい声、優しい微笑、優しい手つきを、どことなく母親っぽいなと感じる。
……クラスの奴が、大久保先生の結婚を残念がっていた理由が少し分かった気がする。
きっと、母親を取られたみたいで寂しかったのだろうな。
「源先生たち、今日、何処かに行くんですか?」
クラスの奴に密かに共感していると、そんな言葉が耳に入った。
見ると、発したのは真鎖で、とてもキラキラとした目で源先生を見ている。
「米田先生の発案で、今夜一緒にご飯に行こうと話していた。」
「そうなんですか!先生達、本当に仲良いですよね!」
源先生の言葉に、真鎖は少し興奮気味にそう言う。
ちなみに、源先生は俺や真鎖のクラスの担任の先生で、今年は俺達には古典を教えてくださっている。(去年は現文を教えてくださっていた。)
普段は必要最小限のことしか話さないが、文学作品について語る時は言葉が止まらなくなるような人だ。
特に、源氏物語を授業で取り扱った時は、50分間ずっと源氏物語の良さを語り続けられ、そのまま授業が終わって行った記憶がある。
真鎖は、国語が大好き(と言うか、物語の登場人物に男が2人以上出てきて関わり合うと、嬉々として語り出すタイプ)で、それが文学オタク気味の源先生のノリとよく合うらしく、休み時間になると、時々、授業で取り扱った作品について語り合っている姿を見かける。
そう言うわけで、真鎖は源先生によく懐いているのだ。
が、しかし、今こいつが興奮しているのは、慕っている源先生と話しているからではなく、多分……
「ところで、さっき、草枕先生が源先生のことを"紫"って、下の名前で呼んでいた気がするんですけど…!」
「春明…いや、草枕先生とは幼馴染だから…。仕事中は一応苗字で呼び合うことにしているが、時々間違えていけないな…。」
源先生は少しバツが悪そうに言う。
しかし、真鎖は「ふへへ〜、そうですか、ふへへ…」などと、頬を緩ませまくっている。
「源先生と草枕先生の仲が良くて、俺はとても嬉しいです!」
「そうか…?ありがとう…?」
源先生は少し不思議そうな顔でそう言った。
……真鎖は1年の頃から、目の前にいる源 紫先生と、草枕 春明先生の組み合わせを強く推している。
今、真鎖の顔が興奮で緩みまくっているのは多分、源先生が草枕先生と(大久保先生や米田先生もだが)一緒にご飯に行くという事実を知ったからだろう。
「源先生、草枕先生とのご飯、楽しんでくださいね…ふへへ…」
真鎖は本当に嬉しそうな声色でそう言った。
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