機械の君を愛してる

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「なぁ、今日は疲れたよ。俺を抱きしめて、甘やかしてくれ」 そういうと、目の前の彼はピピ、と電子音を発し、1秒ほど静止する。そしてその直後、俺に向かって手を広げ、蕩けるようなほほ笑みを浮かべて言った 「今日もお疲れ様でした、薫。さぁこちらへ」 先程の1秒で、世界中のデータベースから「パートナーが疲れている時にして欲しいこと」のような内容を検索し、弾き出した結果の行動だろう。事実、彼のその行動は大いに俺の心を掴んだ。遠慮なく彼の腕の中に収まる。俺より少し下にある肩に頭を乗せて、体重を預ける。 彼はそんな俺を優しく抱きしめて、ゆるりと頭を撫でてきた。 「あなたは頑張り屋ですからね」 泣きたくなるほど優しいその言葉も、おそらく電子の海から探し出してきた言葉なのだろう。パートナーがハグしてきた時に取ると、喜ばれる行動も同じく。今までの愛に溢れているように見えた行動は、すべて彼にプログラムされた「検索機能」によりはじき出された、極めて合理的な、目の前の人間の慰め方だった。 だが、俺はそれで十分だった。それでいいのだ。目の前の彼は、確かに自分の感情も、言葉も持たないが、俺が望んだとおりの愛を返してくれる。俺はその無機質な愛に救われているのだ。 感情や体調などに左右されることなく、俺の予想の範囲内で、従順に俺だけに尽くしてくれる、目の前の彼。 以前彼と行った、戯れのような問答を思い出す。 「もしお前を捨てて、新しいモデルを買うと言ったらどうする?」 「ぼくは特殊処理が必要ですので、御手数ですが廃棄工場まで運搬をお願いすることになります」 「ふうん、怒ったりしないのか?」 「今までのやりとりで、怒りのプログラムを引き出す必要性は特に感じませんでしたが。だって僕が必要なくなったということは、僕の性能を全て使い尽くして下さったと言うことでしょう?」 彼は、いつもと変わらぬ微笑を浮かべてそう言った。そういう考えもあるのか、と俺が言うと、不思議そうに首を傾げた。 「購入された時点で、僕はあなたの所有物です。僕の機能の限界まで使われた上で廃棄されるのならば、これ以上に名誉なことがあるでしょうか?」 そういった彼は、なんだか少し、誇らしそうな顔をしていた。その表情は初めて見たが、彼の表情筋には一体何パターンのプログラムが埋め込まれているのだろう? 今の言葉も、電子の海から引っ張り出してきた、どこかの誰かの言葉なのだろうか。非常に興味深い価値観の言葉だった。 「ふぅん、そういうもんかね。俺には理解できないけど」 「全国のアンドロイドにアンケート調査を致しましょうか? データベースにアクセスすれば、ある程度の統計は取れると思います」 「いや、いいよ。まぁ、今のとこお前を捨てる予定なんてないけどね」 「それは、まだまだ僕の性能に期待しているということですね。それはそれで喜ばしいです」 彼は「破顔」のプログラムを表情筋にのせ、まっすぐ俺に向けた。 俺は、全てにおいてプログラムとデータベースで構築された、目の前の彼の挙動を愛している。きっと俺が彼を捨てるとしたらーー彼が俺のような「感情」を持った時だろう、と、思う。 中度の発熱機能を持った彼の温度が、服越しに俺へぬるく伝わってくる。どくん、どくん、と一定時間で脈打つように設計された彼の頸動脈に、俺は頬を擦り寄せた。 「お前がいてくれて良かったよ」 「お褒めに与り光栄です」 「俺が飽きるまでそばに居てくれよ。大事にするからさ」 「僕を捨てるもそばに置くも、あなたの意志しだいですよ」 「ああ、そうだったな....。そうだな」 俺は彼を愛している。 俺になんの期待もせず、俺になんの感情も持たず、俺の望む言葉をくれて、成長などどこにもない停滞したこの関係。俺はそれを、息苦しい日々の中での、確かな拠り所にしているのだから。
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