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私はいわゆる芸能界において、舞台や映画のプロデューサーをしています。
このお話は、以前私がプロデュースした、
皆さんもよくご存知の戦争漫画「はだしのゲン」を舞台化した時のエピソードです。
舞台といっても、演劇のように費用をかけて立派なセットを組めるような予算はなく、それならばせめて戦争のモチーフになるようなアイテムや、衣装を揃えようという方針となりました。
そこで私はオークションで戦時中の様々なアイテムを探しました。
そして千人針、国民服、軍服、はんごう、ヘルメット、横断幕などを購入する事が出来たのです。
そしていよいよ舞台は本番日を迎えます。
劇場はとても狭く、60名が入れば満席です。
私はオークションで購入したアイテムをまるでパーティーの飾り付けのように客席側の壁に吊り下げたり、貼ったりしました。
そうすると、その狭い劇場がまるで防空壕のような雰囲気になっていったのです。
そしていよいよ開場。
戦争漫画「はだしのゲン」の知名度は凄まじく、来場者は立ち見が出るほどの満員状態。
役者は皆、オークションで購入した軍服や国民服を着てお芝居を熱演していたのもあり、劇場内の空気は、その時代の戦争の苛酷さ、原爆の恐ろしさと涙に包まれていました。
そして本番もクライマックスに差し掛かった頃、1人の役者が稽古とは違うお芝居をした場面がありました。
戦地で撃たれ、倒れたその軍人(役者)は、瀕死の状態で倒れています。
そして左のポケットから御守りを取り出す、という段取りでしたが、
その軍人は、誤って右のポケットに手を入れてしまいます。
すると驚いたように一枚の紙切れを取り出しました。
軍人「こ、これは⁉️」
軍人は瀕死の中で号泣しました。
そして、その紙切れに書かれているであろう文章を読み上げたのです。
軍人「···あ、愛しています···はる···」
そして軍人は力尽きてしまいました。
客席からはすすり泣く声があちこちから聞こえてきました。
終演後、私はその軍人役の役者に素晴らしい仕込みだったと伝えました。
すると役者は照れ隠しながら、
役者「い、いやあれは完全にアドリブっす。俺が間違えて右のポケットに手を入れたら、なんか紙切れみたいな感触があって、しまった!左だった!とその時気付いたんですけど、今更おかしいからなんとかアドリブで乗り切ろうとしたんすよ。そしたら!これ、ガチの恋文だったという···」
私「えー!!!?ということは、はるという人が本当にポケットに入れたか、もしくはその軍人が御守り代わりに入れていたという事か!?」
役者「それでっ、俺、めっちゃこみ上がってきちゃって汗、あんな感じっす」
私「いやいやっ、凄い芝居だったもんねー!あっ、そういう事ねー!」
オークションで購入した軍服に、まさか恋文が入っていたとは本当に驚きましたし、やはり人の想いが書かれた物は、こちらに伝わってくるレベルが違いました。
その恋文は、今でもその役者が大切に保管しているとのことです。
あの時のレベル以上のお芝居がなかなか出来なくて悩んでいるようですが笑。
私はふと、思いました。
オークション出品者は、あの軍服を当時のまま一度も洗濯していなかったという事になるなと。
何十年も洗濯しなかった軍服を着てしまった事の衛生面については置いといて、リアルな衣装が彼のお芝居を引き出した事には違いなかった。
というお話でした。
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