クラインの壺

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 どうしても開かない壺の中身を教えて欲しい。  そんなお願いごとが軽井沢アランの元に寄せられた依頼であった。  探偵、軽井沢アランは依頼人が運び込んだ壺を眺めている。  助手である大男、江守仁は机に置かれた壺をしずしずと持ち上げてみせる。  江守「見ても触っても一見してちょっと形の変な壺だな」  江守が抱える壺はらせん状の∞のような形状をしている。  穴にあたる部分が壺の側面と繋がっている為、壺と言うよりも密閉された瓶のようだ。  アラン「あんまり不用意に触らない方がいいぞ、江守。その壺は売る所に売ればそれなりの値打ちものだ」  アランがそう言うと、江守は首を傾げた。  江守「値打ちってどのくらい?」  アラン「君がここで稼ぐ給料の十年分はいくんじゃないかな」  江守はアランの言葉を聞いて、慌てて壺を机に戻す。  江守「そ、そういうことは早く言ってくれよ! それで? 依頼人はこの穴のない壺を開けて欲しいっていっているんだっけ?」  アラン「ああ、そうだ。正確には中身が知りたいそうだ」  江守「でも、壺の入り口が壺と一体化していて開かない。どうやってこの壺を開けるんだ?」  江守の質問にアランはにこやかに微笑む。  アラン「それが問題だ。さて、らせん状に作られた壺。これを開けるには一体どんな方法があるだろう?」  江守「え?」  アラン「ヒント、中身を知るだけなら壺を開ける必要はない」  江守「う、うーん、そりゃあどういうことだ」  それが今回の問題。 【開かない壺の中身を知るにはどうしたらいいのか?】  ちょっと反則気味な手。  確かめる方法とはしては不確かではある。  壺をスキャンするといった行為ではない。  それじゃあ何か?  …。  ……。  ………。  アラン「答えは壺が作られた当時のことを調べる、だ」  江守「壺が作られた当時?」  アラン「そう。作られた当時のことを調べれば、壺に何をしまったのかがおのずと知ることができる。壺を調べるのではなく壺ができる前のことを調べて、中身を推理するという方法さ」  江守「はぁ、なるほどな」  江守は壺をしげしげと眺めながら、顎に手をやる。  江守「それで? 結局この壺には一体何が入っているんだ?」  アラン「さあね」  江守「さあねって」  アランは胡散臭い笑みを浮かべる。  アラン「依頼人だって本当は答えが知りたい訳じゃない。何でもいいのさ。金塊でも宝石でもガラクタでも何でも。この壺に何が入っているのかはそれぞれの人がそれぞれに想像して決めればいい。四次元という空間を我々がどうやっても知り得ないようにね」  ∞の形に密封された壺を前にしてアランはそう嘯いた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!