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「ただいま」  返事の来ない部屋に向かって声をかける。  帰りを告げてもしょうがないことはわかっているのだが、こう言わないと、なんとなく家に帰ってきた気がしない。無駄な、紗江の日課だった。  肩のバッグから携帯を取り出し、着信を調べる。  着信は、ない。  あれから、彼からの着信はなかった。  期待していたわけじゃない。忙しいのもよくわかっている。  でも、ただ、待っていた。  小さく溜め息をつき、部屋着に着替える。  今日は何度、自分を納得させただろう。  何を約束したわけでもない。ただ、待っていた、自分。  一度、食事をしただけだ。それだけなのに。  それだけ。  それだけで、なぜ、こんなにも、待ってしまうのだろう。  今日一日囚われていた疑問。  答えの見つからない疑問に、答えを見い出そうとして、思考の波に揺られようとしていた時だった。  手に持っていた携帯からのメール受信のメロディ。  紗江は慌ててメールを確認した。 『こんばんわ。紗江さんはもう家でしょうか。自分は昨日と違って、早く帰ることができました。実は、このメールも家で打っています。この調子だと、明日の食事は高い確率で大丈夫そうです。もちろん、無理は全然してないから、気にしないで』  やっぱり、彼だった。  待っているわけではなかったが、待ち望んでいたメール。  答えを探すことなど、もう、どうでもよかった。 『お疲れ様です。私も今、家に着いたところです。折角早く帰れたのですから、今日はゆっくり休んでください』  メールを送信し、ベッドに腰を下ろす。もう一度、彼からのメールを見直していると、また、メールの着信音が鳴った。 『紗江さんの言うとおりですね。明日のために今日は早めに休むことにします。明日のことですが、六時に駅前で大丈夫ですか?』  明日のために。  彼も、明日のことを楽しみにしてくれているのだろうか。 『私は大丈夫です。六時に駅前でお待ちしています』 『今度は紗江さんを待っていられるように、仕事を早く切り上げて行きます。おやすみなさい』 『無理はしないで下さい。おやすみなさい』  明日、何を着ていこう。  携帯を脇に置いた紗江の思考は、明日に飛んでいた。
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