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14.
それからの時間はふわふわと夢の中のようで、紗江にしてはめずらしくお酒も会話も弾んだ。
だから、いつの間にかそんな時間になっていたなんて気がつかなかったのだ。
「そろそろ出ようか、紗江さん」
正樹に言われて、紗江は初めて腕の時計を見た。時計は10:30過ぎを差していた。
終電にはまだ何本かある時間だったが、こんな時間まで時計を見ることなく過ごしたことなんて紗江の記憶にはなかった。
「あ、はい」
促されるように席を立ちながら、紗江はあることを思い出した。
「女将さん、あの、お会計を」
そう、今日は紗江が支払うという約束の食事だったのだ。カノンでの食事代には程遠いかもしれないけれど。
そして、これで最後かもしれないけれど。
「もう頂いたよ。また、いらっしゃいね」
頂いた?誰に?
戸惑う紗江の肩に軽く手を沿えて、正樹は紗江を促した。
「さ、出よう。紗江さん」
「えっ?でも、殿上さん…」
「それじゃあ、大将、女将。ごちそうさま」
「え?あ、ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
つられるように店の主人と女将に挨拶をして、紗江は正樹と店を出た。
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