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 時計は6時半を差していた。紗江はそれを確認してロッカールームに向かった。  会社からならカノンまで10分もあれば間に合う。今から着替えて化粧を直しても7時には十分間に合う。  ロッカールームには誰もいなかった。景気は少しずつ上昇しているらしいとはいえ、あまり残業はしないようにいわれていて定時で上がる人が多いからだろう。特に女性陣は。  制服を脱ぎ、自分の服に着替える。雨が降るかもしれないというのに、なぜだか今日はお気に入りの桜色のワンピースを着たくなって着てきたのだが、カノンのような高級な店に行くのならちょうどよかったかもしれない。  化粧を直して、咲子が貸してくれたヘアーアイロンで毛先を少し巻く。「リッチなところに行くんだったら、絶対、巻いて行ったほうがいい」と力説する咲子に負けて、ヘアーアイロンを借りる羽目になってしまったのだった。  誰が持ち込んだのか、ロッカールームにいつからか置かれている全身が映る鏡に自分を映す。  リップだけじゃなくて、グロスも塗ったほうがいいかな。  化粧ポーチに入れっぱなしであまり活躍しないリップグロスを目立たない色の口紅の上に重ねて塗る。そうすると、唇が濡れたように輝いた。  やだ、私…。  食事、するだけじゃない。そして、それで終わりなのに。  あの時聞こえた声が警告音のように脳裏に甦る。  紗江は鏡から目をそらした。 - 子供の声と、女性の声。あの人の電話越しに聞こえた声。  唇を軽く押さえたティッシュをゴミ箱に投げ入れると、紗江はハンカチの入った小さな紙袋と2本の傘を持って部屋を出た。
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