3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
2
柚寧は同じマンションに暮らす、小学校からの腐れ縁だった。
内向的な性格で、目が隠れる高さまで前髪を伸ばしていた。
そんな、見えているか見えていないか分からない目で、いつも本を読んでいた。
彼女にとって友達と呼べるのは俺だけだった。
読書の世界に耽溺しているせいか、彼女の話はどこか大げさで、むず痒くて、時には痛々しくすらあった。
「結婚指輪が左手の薬指なのって、どうしてだと思う?」
「右手だと邪魔になるから」
「心臓と繋がってるからだよ。愛する人の心を繋ぎとめようとしたのが始まりなんだって、この本に」
「繫ぎ止めるって、犬の首輪みたいだな」
普通の女子なら、非難轟々だろう。
だが、柚寧はレンズに触れるほどの長いまつ毛をぱちと動かして笑った。
「どちらでもいいよ。コウちゃんが私を繋ぎ止めてくれるなら」
そこで俺は柚寧の気持ちを知った。
告白したのはそれから何年か経った、中学生の時だ。
雨の日だった。
近所の森林公園の休憩所で、僕たちは小指を繋いで座っていた。
傘を持っていたはずなのに、なぜ二人ともびしょ濡れだったのかは覚えていない。腕同士が密着して、スカートの折り目に水溜りができていて、彼女がいつもの彼女とは全くの別人に思えたことだけが強く印象に残ってる。
「絶対に幸せにするから、俺と付き合ってくれないか」
柚寧の瞳がまっすぐと俺に向けられた。
雨の雫か何かは分からないが、睫毛が濡れて白く光っていた。
「何があっても私を繋ぎ止めておいてね。じゃないと…噛み付くから」
「噛み付く? もしかして指輪より首輪が欲しかったんじゃないだろうな」
「どっちでもいいって言ったでしょ。それより約束してくれる?」
「ああ、約束する。絶対に離さない」
中学生だからだったとはいえ、あんな痛々しいセリフをよくも言ったものだと我ながら感心する。
柚寧との交際は順調だった、と思う。
まあ喧嘩をすることもあった(基本的に冷戦だ)が、同じ高校に進学したし、登下校は相変わらず一緒だった。月を経るごとに、恋愛的な関係も深くなっていった。
俺は、幸せの中にいた。
柚寧がそばにいる限り、ずっとこの幸せが続くと信じていた。
だが、その幸せは脆くも崩れ去った。
事故によって。
柚寧の誕生日プレゼントを買うための、アルバイト中の事故だった。
俺は過去の自分を思い出しながら、マウスをカチカチ叩いていた。無目的にサイトのページをただ開いていく。
だが、あるページを見た瞬間、沈んでいた気持ちがざわめいた。
『そのままの人生で 本当に いいんですか?』
息を呑んだ。
『入場する』をクリックすると、氏名や生年月日などの個人情報を求められた。デタラメな情報を打ち込み、スクロールすると最後に『あなたの一番の不幸は?』
『過去全部、全部だ」
入力を終えると、画面が黒く染まった。
自嘲を浮かべる自分がそこに映る。
『核の館』
たどり着いたのは、怪しいオークションサイトだった。
『アインシュタインは原子力という凄まじいエネルギーの存在を我々に教えてくれました。
その力は私たちを幸福にしてくれますが、同時に滅ぼしもします。
どんな素晴らしい力も、全ては使い方次第です。
ここは、人生で困った人間だけが入ることのできる秘密のオークションサイト。
ここで扱う商品は間違いなく、あなたの人生を大きく変えてくれるはずです。
幸福か。
破滅か。
全てはあなたの使い方次第です』
「闇サイトか」
ページを閉じてもいいが、どんな商品が出品されているのか、興味があった。
そこには縦一列に延々とスクロールできるほど、多くの商品が並んでいた。
ただ、どの商品名も『N0.038107...』のような数字の羅列で、どんな物かは分からない。写真もない。
そして、どの商品も非常に高額だった。
安くて数十万円、高いものだと数千万円の値が付けられているものもある。
こんな訳の分からないものにこんな高値で誰が買うのだろうか、と疑問に思うが、実際にその値段で落札されている商品もある。
『どこぞの金持ちだよ…ん? この商品は…今出品されたのか?」
ふと目についたとある商品。
一円で売られていた。
俺はすぐに十円の値を付けた。
別に商品を購入したいわけじゃなかった。
どうせ、すぐに誰かに買われるだろう。
そう思っていたから、この商品が自宅に届くまで、俺は自分が落札者だと気づかなかった。(後日サイトをのぞいたら無効のURLになっていた)
軽いわりに大きなサイズのダンボールの中には、バブルラップと新聞紙が詰められていて、一番上に決まり文句が載っていた。
『すべてはあなたの使い道次第』
最初のコメントを投稿しよう!