チョコレートキッス

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「チョコばっか食べてるからニキビが出来んじゃね?」  クラスメイトに爆笑されながら言われた言葉に結構、傷付いたみたいで午後十一時を過ぎてもモヤモヤは消えなかった。 「千代、ただいま」 「遅い」  俺が体を起こすよりも先に雅也は隣に腰を下ろした。ギシリとベッドが音を立てる。 「ごめんって。新作らしいチョコケーキ買ってきたから許して」  はいこれ。コンビニ袋から一人分のチョコレートケーキが出てきた。たしかにビニールには「あの有名パティシエ監修した新作チョコレートケーキです」と説明が書いてある。  ほぼ毎日、雅也はバイト帰りに俺へのお土産を買ってきてくれた。そのほとんどはチョコレートである。 「美味しそう……。っ、あ……」  口の中に唾液は溜まるが、前のめりになっていた姿勢を戻し、腕で口元を拭いた。 (食べたら……また、ニキビが出来る……) 「どうしたの?」 「……いらない」 「……はっ?」 「いらない。夜も遅いからもう俺寝る」  ツヤツヤと輝くチョコにココアパウダー、ふっくらとしたクリーム。  こんなに魅惑的なものだっけ?  悪魔的なスイーツから逃れるように布団を被るが、雅也は変に思ったみたいでつついてくる。 「食べないの?」 「…う、うん……」 「僕が遅かったの、許してない感じ?」 「それは……違うけど」 「じゃあ、なんで〜?」  切ない甘い声が聞こえてきて、隙間から顔を少し出した。 「ニキビ」 「ニキビ?」 「う、うん……。チョコ食べるとニキビが出るって」  自分が恥ずかしいことを言っている気がするけど、俺にとっては死活問題だった。  俺にとってチョコはおやつの類ではなかった。食欲ない時でも食べれたし、落ち込んだ時や悲しい時も食べれば心から幸せになれた。  いつしか一日に食べる量は一般的ではないほどになっていたようで。 「誰に言われたか知らないけど、そんなことで食べなくなるほどだった?」  そう。双子で弟の雅也だって知ってる。虫歯になろうがお腹痛くなろうがチョコを食べてしまう俺のことを。  でも、今は。 「雅也には綺麗な俺が映って欲しいから」  ニキビなんて今まで一度も出たことなんてなかった。CMとか友達が悩んでいる理由がよく分からなくて「チョコ食べれば元気出るよ」なんて渡したことだってある。 「雅也、めちゃくちゃイケメンだし、綺麗だから、かっこ悪い俺じゃダメだなって」  高校生となれば学校も離れるのかな?なんて心配したこともあるけど、雅也は何食わぬ顔で「千代、同じ学校だね」なんて笑ったのだ。 「……馬鹿みたい」 「はっ?……っ、ん……ぅ……」 「んぁ……ふぅ……」  隙間から流れ込むのは甘い蜜。よく知るその味に目を開いた。 「僕はどんな千代でも好きなんだけど」 「雅也……? 」  何かを呟いたようだったけど聞こえなかった。 それだけじゃない。いつもは眠そうな目からは怒りを感じられ、赤い瞳が濃く光っていた。  指が顎に伸びてきて、そっと異物に触れる。 「顎に出来るニキビは想われニキビなんだって」 「オモワレニキビ?」 「僕が千代を好きすぎるあまりに出来ちゃったニキビってこと」  ドクンと心臓が跳ね、雅也の指から顔の中心に熱が伝わっていくようだった。 「う、嘘だ……!」 (だって、いつもクールで表情もあまり変えない雅也が?) 「だって、俺ばっかり……」  そこまで言いかけ、頭から湯気が出てしまう。そんな俺を見て、こいつは笑った。 「人が、しんけ……っんん……」  雅也の柔らかい唇。触れる時間が長いほど熱くなってきて、チョコレートの匂いにクラクラしてきて。 「ふぁ……っ、まさ……やぁ……」 「チョコレートって媚薬効果もあるらしいよ」 「び……や……?」  落ち着かない心臓。雅也の手に触れられたけど、彼が冷たいんじゃなくて自分が熱いのだと実感してとても嫌だった。 「大好きになっちゃうお薬のこと」 「!俺ばっかり、雅也が好きなの嫌だ……」 「あれ?伝わんない?千代一筋だよ、僕。甘くて可愛い、僕の千代」  おでこに、頬に、鼻に、瞼に、首筋に。キスの雨を降らされ、嘘ではないと認めざるを得なかった。 (雅也が俺を……?)  秘密の恋人になってもあんまり好きって言ってくれなかったのに? 「ねえ、千代。本当にチョコレートケーキ食べないの?」 「でも……」 「僕の大好きな千代が大好きなチョコ食べてるの見るの、僕大好きだよ?」  どんな時だって彼は俺の食べる姿を見るのが楽しそうにしていた。  少し食べられたケーキにフォークを入れた。  ほろ苦いけど、甘くて美味しいケーキ。ふわふわで柔らかくて、美味しいケーキ。 「すっごく美味しい。ありがと、雅也」  一口あげれば「あっま」って困りながら俺にまたキスをした。
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