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荷物のガサゴソ言う音が聞こえるということは、お目当てのものは見つかったのだろう。
遅くなっちゃった、と廊下で叫ぶ声、手を洗う音、うがいをする音、色んな音が楽しげに飛び跳ねて、薄く張った静寂にぷすぷすと穴を空けていく。
と、ふいにひたいに沙保の手のひらが触れて、優しく前髪を撫でた。ゆっくりまぶたを開けると、沙保は切れ長の目をキラキラさせていた。そんなに楽しかったのだろうか、なんだか少し面白くない。
「…遅くなるなら連絡」
「したよ?いっぱい写真も送ったでしょ?」
おなかの上のスマホは、いつの間にか床に落ちていた。そういえば、何度かおへそにスマホの振動を感じたような気もする。
「あー…、寝てた」
「燈子さんに似合いそうなのに目が行って、つい寄り道しちゃった」
どうせ脱がせたいとか考えてたくせに。そんな事どうでもいいから早く帰って来てよ。
きっと私は今、ぶすくれた、全然かわいくない顔をしている。それなのに沙保はそんなのはどこ吹く風というふうに、次は一緒に行こうね、と笑った。
しだいに、ぼんやりした視界に輪郭が戻ってくる。よく見ると、沙保の笑顔にはどことなく何かを企んでいそうな表情が見え隠れしているような。やたらウキウキしているのも、怪しいことこの上ない。
とっさに開いたままの雑誌で口もとを覆った私に、にこにこと沙保が笑いかける。
「ねえねえ、今日何の日だと思う?」
「今日?双子座の運勢は七位だって。えーと、ラッキーアイテムはおそろいのもの」
「そういうのじゃなくてさぁ…」
「なによ」
「もう!今日は、キスの日ですぅ。ニュースで言ってたのに!」
なので今からいっぱいチューしますっ、と言い放って、沙保が覆いかぶさってくる。
少し骨ばった指先は、そんなことわざわざニュースで言う?なんて疑問も、顔を隠していた雑誌もひょいと放り投げ、私の前髪をかき上げた。
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