キスの日の話(改稿版)

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「燈子さん忙しそうだったから、朝からがまんしてたんですけど」  そんなことをブツブツ言いながらも、ちゅと音を立ててひたいに優しいキスが降ってくる。 「…これはお疲れさまのキス」  次は目もとに、「今日も綺麗で、かわいいねってキス」。その次は右の頬に「帰り遅くなってごめんってキス」と、左の頬に「カレーありがとってキス」。そのまた次は鼻先に、「抱きしめてもいい?ってキス」。  ムスッとした声に、少しずつ甘い響きが増していく。わざとなら、芸達者にもほどがある。簡単にその気にさせられる私もたいがいだけれど。  おいで、と言う代わりに沙保の背中に腕を回すと、首すじにすりっと鼻先が触れた。自分では無臭としか思えないのに、沙保はこうしてよく私の肌に鼻先を押し当てる。大型犬みたいだ。 「燈子さん、眠そうな匂いする」 「ちょっとだけお昼寝する?一緒に」  うーん、としばらくうなってから、沙保は私の唇の端を軽くついばんだ。 「今度は何のキス?」 「お昼寝じゃ済まないかも…ってキス」  カレーはもうルーを入れるだけだし少しなら…、なんて計算を始めている私は、もうとっくに沙保の思うつぼなのだろう。少しになったためしなんかないのだから。  私は、いいよ、という代わりにキスを返した。  戯れるような軽いキスを繰り返すうち、さりげなく背中に腕が回され、そうかと思うとふわりと身体が浮いていた。  いつだって、こんな細腕のどこにそんな力があるんだろうと思ってしまう。毎日筋トレしている人と私では、付いている筋肉が違うんだろうけど。  そんなことを考えながら、沙保の腕をつんつん突いていると、彼女は私の二の腕にそっと頬を寄せた。 「ふにふに」 「うるさい」  私が条件反射的に毒づくのも意に介さずに、ちゅっと、二の腕に唇が触れる。壊れものを扱うようにそっと。沙保は黙っていたし、私も何となく意味は聞かなかったけれど。  そしてそのまま背中に手のひらを添えられて、ふわりとベッドに横たえられた。
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