キスの日の話(改稿版)

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かれこれ数時間パソコンの前に座っているのに、仕事の進捗は芳しくなかった。  しかも、こんな時に限って沙保は外出していて、私は部屋に一人。沙保がいたら適当にじゃれついて気分転換して、また仕事に戻れるのに。ほとんど言いがかりだけれど、そう思ってしまう。  同棲する前はもっと自立した女だったはずなのに。そんな風に言ったら沙保は笑うだろうか。  沙保は舞台衣装を選びに、着物の古着市に行くと言っていた。ついて行きたかったけれど、昨日からのこの進捗状況ではどう考えても無理だった。  せめて沙保が帰ってくるまでに、キリのいいところまで終わらせようと、私はマグカップの底に二センチくらい残ったコーヒーを飲み干した。 十六時すぎに仕事を一段落させて、近所のパティスリーにおやつのプリンを買いに出て、ついでにスーパーで食材を適当に見繕ったりしていたら、家に帰る頃にはもう夕日が沈もうとしていた。  沙保は夕方までには帰ると言っていたのに、部屋は暗いままだった。連絡もないし、何かトラブルがあったのか、知り合いと偶然会って話し込んでるのか、やっぱり私も行けばよかったかな、それとも…なんて根拠のない想像で胸がざわざわする。  私はこんな小さな事で動じるような女じゃなかったはずなのに。そうだ、仕事が進まないのも、だめだめな女になっていくのも、ぜんぶ沙保のせい。  私は、そう八つ当たり気味に思いながら、カレーに入れる野菜を力任せに切った。涙が滲んでくるのはたまねぎのせいということにして。  カレーは沙保が遅い日の定番メニューだ。沙保は文句なんか言わないけれど、いい加減料理のレパートリーを増やさなければいけない。でないと、きっと沙保より先に私が飽きてしまう。  ルーを入れる直前まで仕上げても、沙保はまだ帰って来ない。おやつにするつもりだったプリンはデザートになりそうだ。  私はスマホをおなかの上に伏せて、ソファに横になった。適当に雑誌の星占いのコーナーを眺めたりして、スマホが震えるのを待つ。  てんびん座の欄に、「仕事で思わぬ壁にぶつかるかも」なんて書いてあるのを、進捗が思わしくないはずだよね、と都合よく解釈したりして。  この部屋に一人で住んでいた時も、こんな風に時間を持て余すことがあっただろうか。ぼんやりそんなことを考えていると、うつらうつらと頭が船をこぎ始めた。そうやって夢の中を漂っているうちに、遠くで玄関の開く音がした。
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