エルネリングの人

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 リベック・スーデルは今年市庁舎入社したばかりの十九歳の新人で、第三十五部署『魔術解析捜査部』の新入りだ。  この街は北大陸から流れる科学用品と、南大陸から流れる魔術用品とが混ざり合い、混沌と化している特別指定特区「シーデン市」だ。西は工業地帯、南は闇市、東には『河向こう』と呼ばれる特殊市街が広がっている。『河向こう』は北と南からの不法入国者が多く飛び抜けて混沌と化している。  リベック達『魔術解析捜査部』はこんな街で起こる、軍警もお手上げの事件を解決を仕事としている。  そんなリベックは慌てていた。  今日は部署で使うコーヒー豆を中央区画の第二十一区画へ買いに出て来ていた。コーヒー党の上司に喜んで貰える様にと良い豆を厳選していたのだった。そこでコーヒー屋の店主と随分と話し込んでしまった為、思ったよりも時間が掛かってしまったのだった。  今は午後三時。  運動は苦手で走るのは得意ではないのだが、急いで第一区画の市庁舎へ戻る道を走る。  その時リベックは見てしまった。  あるものを。  それを見てリベックは顔を赤くし走るスピードを上げたのだった。  部署に戻った時リベックはハァハァと息を荒げながら狭い室内を歩き、ソファスペースのローテーブルに持っていたコーヒー豆の袋を机の上に置くと、自分の席に着いてはぁーと大きくため息を吐いた。 「どしたのリベ君?」 と声を掛けてきたのは先輩であるキアナ・アベーストだ。  長身に印象的なオレンジ色の髪にスクウェアフレームの眼鏡を掛けている二十四歳である。一見理知的に見えるが、かなりの莫迦で脳を使う作業は非常に不得意だ。代わりにリベックとは逆に運動能力に優れており、壁を蹴りだけで登ったり屋根の上を駆け回ったり出来たりするので、人は見た目によらないというのを体現している人物だとリベックは思うのだった。  因みに『リベ君』とはキアナがリベックに付けたあだ名である。 「ええ、ちょっと急いで帰って来たので……」 と荒い息のまま返事をすれば、 「無理はするなよ、お前にはやって貰わなければならない事が山の様にあるのだからな」 そう言ってきたのは部署長の机に座るゾーロ・シュヴァルツだった。  見た目は十二歳の少年で美しい金の髪の下には右目に黒い眼帯を付けている。ぶかぶかの大人用の白衣を無理やり着込んでいて、黄色のネクタイを着けている。アンバランスさと不自然さが群を抜いているが、本人曰く「成人済み」らしいので、リベックはそれ以上踏み込んで聞くのを止める事にしている。  息を整えながら、先ほど見たあるものを思い出していた。自分の意志とは関係無く自然と頬が染まってしまう。 「……ねぇ、リベ君顔赤いけどどうしたの?」 「え!?いや、これはっ!!」 「…………なんだ、恋でもしたか?」 「こ、恋っ!?」  ゾーロからのその言葉にリベックは慌てて声を荒げる。 「なんだ、図星か」 「ええっ、いや、あの!その!!」 「その割には動揺が激しいが?」 「ちょ、まって、くださいってば!!」 「さっさと認めた方が楽だぞ…」  ゾーロからの言葉に息を詰まらせると、ポツポツとリベックは話し始めたのだった。 「あの……か、帰り道に、その……綺麗な女の子がいて……それを見た瞬間、心臓がバクバクしだして…」 「完璧に一目惚れじゃないか」 「ひとめぼれ?」  プルプルと震えながら話すリベックを見て、ゾーロは、 「どうする?探すか?今は仕事も急な物はないし、書類の山は後回しにするが」 「え!?いくんですか!?ていうかこれ、一目惚れなんですか!!」 「よし!行こう行こう!それでどんな娘?」 キアナも乗り気な様で早速出かけようと用意を始める。それにリベックはあわあわとしながら、これは行かなければいけないのか?という状態でポカンとしているのだった。 「リベ君行くよー」 「え!?行くんですか!?」 「もう一度、会いたいと思わないのか?」 「そ、れは……」  そうゾーロとキアナに促されるままリベックは先程身に着けていたカバンを手に取ると、 「それじゃー行ってくるね」 「ああ、行ってこい」 とキアナとゾーロが軽く声を掛けた。  第三十五部署の扉を潜って下階行きのエレベーターに乗ったのだった。一階に着くとエレベーターを降り、リベックが目撃したという地点を目指して歩く二人。そうして暫くすると先程通った十字路に辿り着いた。リベックはそこで足を止め、十字路の反対側を指さした。 「あ、あそこに…い、居ました」 「おー、それじゃ探してみようか?特徴とか教えて?」 「えと…その、長い黒髪で水色のロングのエプロンドレスを着て白い手袋をしていて、肩に大きなカバンを持っていました、目は紫で口元にホクロがあったのを覚えています」 「すっごい覚えてるねー」 「わ、忘れる筈無いでしょう!」  顔を真っ赤にさせながらそう早口で言うリベックに、ただ単に凄いとキアナは言うのだった。  リベックは市庁舎の入社筆記試験でトップクラスの成績を持つ程、記憶力が良い。事細かに覚えているらしく、情報が多く出てきた。  その情報を元に、 「じゃあこの辺にまだ居ないか探してみよう」 とキアナは周辺を探して回るのだった。リベックは頬を赤らめたままその場から動けない様子だった。  暫くキアナが周辺住民に聞き込みしているのだが、有力な情報はあまり得られなかった。けれども粘って『河向こう』の者らしき人物に聞き込みしたところ、 「ああ、あのお嬢さんなら最近河向こうでよく見るよ、被験体にしたいくらいだね」 等とやや物騒な言葉が漏れたのだが、河向こうと関係があると解って不安げな表情を浮かべるリベック。  それに、 「河向こうに居るんですか…何か悪い事にならないといいんですが……」 「きっと大丈夫だよ」 と何の根拠も無く明るく言うキアナに、不安を覚えながらも、シーデン市の一番東、第四十五区画通称『河向こう』へと二人は向かうのだった。  河向こうへと唯一繋がる橋がある第四十四区画へやって来ると、真っ直ぐその橋を目指した。  橋を渡って、『河向こう』へやって来ると、まるでスラムのような雑多な通路と行き交うヒトビトの間を潜り抜けるように進むリベックとキアナ。これだけの大人数の中から一人を探すのは至難の業のような気がしてきた。けれどリベックとキアナは止めるつもりも無い様で、例の子が居ないかリベックは高鳴る胸を押さえながら周りを見て回る。  一通り第四十五区画内を回ってみるものの例の子の姿は無く、やはり諦めるしかないのかと思った時だった。突然キアナがリベックを肩に担ぎ上げて狭い路地へと入ると、ジャンプし壁を蹴り上げて反対の壁へと移りまたその壁を蹴り反対側の壁へと移りまた壁を蹴り…というのを繰り返して、建物の屋根へとたどり着いた。  突然の出来事にぐったりとするリベックと、 「これで探しやすくなったんじゃない?」 と明るい声で言ってくるのだった。 「いきなりは止めてくださいって何時も言ってますよね!というか、そんなので…見つかったら…苦労しませんよ…………あ、居た!」 「どこどこ!」 「あそこの、小さな橋の処の」 「よし、追いかけよう!」 「………さっきみたいに降りるんですか?」 「うん、そうだけど?」 「……………お手柔らかにお願いします」  そう呟くとリベックはまた肩に担がれて、先ほどと同じ様に逆の動きで地面へと辿り着くのだった。頭がグラグラしつつも例の少女を追いかけるリベック。それを追いかけるキアナ。  そうして追いつくと、 「すみません!!」 と大きな声で叫ぶように声を掛けるリベック。 少女は振り返り、リベックの言った通りの長く艶やかな黒髪に水色のロングエプロンドレスを着て、どこか作り物めいた整った顔立ちに淡い紫の瞳はキラキラと宝石の様に輝いていた。先程持っていた筈の鞄は今は持ってはいなかった。  心臓はバクバクとし、言葉も上手く出てこない、けれど先程はどうして良いか解らずに逃げてしまった自分が恥ずかしくて、やっと見つけた相手に気持ちを伝えようとするのだが、 「あの?なんでしょうか?」 「あ、あの!貴女に一目惚れしてしまいました!なのでっ!!」 「…こんな球体関節人形にですか?」 「………え?……人形?」 「はい、人形です。疑似人格として話ができる魔術生命体です」 「え?え??」 リベックは狼狽えるしかなかった、やっと見つけた相手が人形で魔術生命体なんて突然言われたって訳が解らなかった。けれど、伝えなければいけない事がある、だから勇気を出して、 「あ、貴方の事が好きになって!ですから……っ!」 「…………………」 「あの…ダメですか…?」  俯いてしまった少女に対しおろおろとし出すリベック。すると少女は申し訳なさそうに、 「私、ただの球体関節人形ですが、解っていておっしゃっているのですか?ドール愛好家の方で?」 「いえ、僕は…貴女を人間だと……」 「私は人形です、主の魔術式によって稼働するドールと呼ばれる物です、人間ではありません」 そんなものが存在するのかとリベックは動揺を隠せないでいる。キアナが駆け寄り、 「どうしたの?何かあった?」 リベックはパクパクと何かを話そうと口を開くのだが言葉にならない。 「その方は私を好きだとおっしゃいました。けれど私は球体関節人形です、その方はドール愛好家なのですか?」 「え!?君人間じゃないの!?すごーい!ビックリだよー!!」  それには流石のキアナも驚きを隠せなかった。リベックは心に決めたという表情でその人形の少女の前にずいと出ると、 「人形でも構いません!僕と恋人になってください!」 と言い切ったのだった。 「ドール愛好家の方では無い様ですが、意味をご存じで?」 「…………?」  首を傾げるしかないリベック。 「恋人になりたい、という言葉はドール愛好家の間では譲って欲しいという意味になります。私を買い取り希望ですか?」 「え?ええ??」 「そんなの急に言われても困るよーこっちは人間だと思ってたんだからさー」  困惑するリベックに代わってキアナが説明をする。 「しかしですが、私はもうすぐ廃棄予定でして後一週間で術が切れてしまい、本当にただのガラクタになってしまいます」 「……え?…あの、その魔術を…継続して貰う事は、出来ない…のですか?」  そう途切れ途切れになる言葉を伝えると、少女は首を振った。  好きになった子が人形で魔術生命体であるのもショックだったが、リベックにとって一番ショックなのは彼女と居られるのが一週間しか無いという事実だ。  そして短いけれど永遠に感じるほどの葛藤をした後、リベックは人形の少女を真っ直ぐ見て、 「一週間でも構いません!僕と恋人になってください!最後のその日まで一緒に…居たいんです…」 人形の少女は逡巡した後、 「主に許可を取ってきます」 「一緒に行きます」 と言ってキアナをその場に残して一緒に歩き出した。迷路の様な道を右へ左へと曲がり行き着いた所、とある狭い路地の扉の前で人形の少女が、 「ここです。暫しお待ち下さい」 と言うと中へと入っていった。中から怒号が嫌でも聞こえてくる。 「何してやがったこの愚図!はぁ?買い取り?お前を?そんなのいる訳が……」 と奥から聞こえてくる罵声。それが段々と近付いて来たかと思うと、リベックの前に男は現れた。酒臭い匂いを吐き出しながらリベック舐めるように見る。 「なんだお嬢ちゃん?お前さんがコイツを欲しいってのか?なら今すぐくれてやるよ!もう一週間しか動けねえがな!!ハハハハハハ!!!」  そう笑いながら男は部屋から追い出す様に人形の少女を突き飛ばした。咄嗟にリベックは人形の少女を受け止める。硬い体とその冷たさ、漆器の様な滑らかさを腕に感じるリベック。 「だ、大丈夫ですか!?」 「大丈夫もなにもあるか、人形だぞ。用が済んだらさっさと消えろよ」  そう言うと男は勢いよく扉を閉じた。 「…………行きましょう」 「…………はい」  先程の道を戻り、キアナの元へとやってきた二人は、 「どう?上手くいった?」 「ま、まぁなんとか……」 「あの…私で本当に宜しいのですか?人形の私で」 「僕が好きになったのは、貴女です。貴女以外は嫌ですよ」 そうしてリベックは震えながら人形の少女の手を取った。手袋に包まれたそれは壊れてしまいそうな程綺麗な形をしていた。今にも泣きだしてしまいそうな顔を無理に笑顔を作り彼女に微笑むのだった。 「僕はリベックと言います、貴女は?」 「私に名前はありません、どうぞ好きに呼んでください」 「え?そ、そうですね……えーと、リリィさん……と呼んで構いませんか?気に入って貰えると良いんですが…」 「はい、解りました。私は今からリリィですね」  柔らかく微笑む少女に、リベックは顔を真っ赤にさせながら頷き返すのだった。  そうして橋を渡り『河向こう』から第四十四区画へと戻ってきて、リベックとキアナ、そして人形の少女リリィは市庁舎へ向かった。  先程まで高い位置にあった太陽は低く傾き、夕闇へと世界を包み込もうとしていた。  窓に上り始めたばかりの月が見え始めた頃、リベックはゾーロの机の前にやって来たかと思うと、その机に手をついて頭を下げ、 「一週間休みをください!」 等と言い出してきた。 「そして彼女を預かってください!!」 とも言ったのだった。 「何故そうしなければならないか理由を聞きたいのだが?」  ソファスペースで待つようにと言って大人しく座っている人形の少女リリィを横目で見ながらそういうのだった。ゾーロの言いたいことは最もだ。それに対して返ってきたのは、 「ぼ、僕、これが初恋なんです……どうしたら良いか解らないんですよ、ホントにどうしたらいいですか?」 「ここまで連れて来ておいて今更な言葉だな、お前」 「解ってるんです、僕が今凄く情けないのは解ってます、けど僕母と二人暮らしなんですよ、魔術とか全く知らない母にいきなり連れて帰ったりしたら驚いて僕、打たれるかもしれないんですよ!!だからお二人のどちらかでリリィさんを……ってあれ?お二人は何処に住んでるんでしたっけ?」 「第五区画だ、キアナと一緒にな。部屋がひとつ余っている位に広いぞ」 「ならお願いします!ホントにホントにお願いします!!」 「はぁー……………………仕方ないか」  長いため息を吐いた後、ゾーロはポツリとそう呟くの立った。それに喜びの声を上げるリベック。すぐさまソファスペースでキアナの隣に座っていた人形の少女、リリィに嬉しげな顔で伝えに行く。 「リリィさん、寝泊まりできる場所見つかりましたよ」 「え?私は主である貴方の家へ行くのではないのですか?」 「それにはちょっと事情がありまして、こちらのお二人の家に行って貰うことになりました」 「そう…なのですか」  何故だかリリィは少し落ち込んでしまった様に思えたリベックは、 「大丈夫です、二人とも変わった処はありますが、良い方達です。それに僕も毎朝迎えに行きますから。キアナ先輩、リリィさんに変な事教えないでくださいよ」 「教えたりしないよー」 と焼き菓子をを頬張るキアナにリベックは釘を指す。キアナはケロリとしながらそう返事するのだった。  その後定時を迎えると、第五区画のゾーロの家へリリィと一緒に話をしながらのんびり歩いていった。 「球体関節人形というのは南大陸で労働力として使われている人形と異なり、愛玩用なのです」 「そうなんですか、確かに綺麗ですものね」 「あの、リベック様はどうして私に親切にしてくださるのです?人形はもっと違う扱い方をするのですが…」 「ぼ、僕は…………僕はリリィさん貴女を人間の女性として扱いたいからです、いけませんか?」 「いえ、あの………そんな扱われ方初めてなので……私もどうして良いか解らなくなります」 「あ、それと様付けで呼ばないで、呼び捨てにしてください」 「え、ええ……どうしましょう、そんな事言われたの初めてなので……」  リベックは天にも上るような気持ちで幸せを噛み締めながらリリィと話をする。頬を染めながら、聞いている方が恥ずかしい気持ちになる様な事ばかりを言う。  そんな風に話しているときだった、 「着いたぞ」 そこは高級マンション街の一角で、リベックの団地街とは大違いで、けれど彼ら二人にはとても雰囲気が合っている気がした。その一つのマンションの六階の一室に案内された。リベックは部屋の中には入らず、 「リリィさんの事、よろしくお願いします。リリィさん、また明日逢いましょうね」 とゾーロに頭を下げるリベックに、 「ああ、任せろ」 と上司らしい威厳のある返答が反ってくるのに安堵するリベックだった。  ゾーロ達のマンションを後にしたリベックは、自分の住む団地へと向かうのだった。家に帰れば、 「あんた、やけに嬉しそうね」 と母に言われたのだが、実際嬉しいことばかりだったので、 「そうだけどー?」 と返して明日に備えて寝る支度をするリベック。それに付け加える様に、 「あ、明日から何時もより早く出るから」 「良いけど寝坊しないようにねー」 「解ってるってー」 その日は興奮を抑えられないまま中々寝付けなかったが、ベッドに潜り込んで無理やり眠ってしまうのだった。  一夜明け、何時もより早めに目を覚ますと、眠い目を擦りながら朝食の用意をする。母の分も用意していると、欠伸をしながら起きて来た母がやって来た。 「あんた早いわねーあ、ごはん用意してくれたの?ありがとーできる息子に育ってくれて母さん幸せよ」 「なんだよ、大袈裟だな……ほら顔洗ってきて、僕はこれ食べたら出るから」  そう言いながら目玉焼きを乗せたパンを口に頬張ると、コーヒーで流し込んだ。それから慌てて母の分のコーヒーをカップに注ぐのだった。  それから服や荷物の用意をすると急いで玄関へ向かい、 「それじゃ、行ってきます」 「はいはい、行ってらっしゃいなー」 と母の声に送られて団地の扉を閉じた。五階分の階段を下りて、やや急ぎがちにゾーロ達のマンションのある第五区画へと向かうリベック。  到着したそのマンションの中の昨日訪れた部屋のベルを押すと、リリィが扉を開いた。昨日と同じ水色のエプロンドレスを着てリベックに向かって微笑む。いきなりリリィに会えると思わなかったリベックは狼狽えつつ、 「あああ、あの、おはようございます!!」 「はい、おはようございます。まだ早いですし中へどうぞ」 と促されるがまま部屋の中に入ると、部屋は雑多としていた。 「ちょっと、ゾーロさん……掃除くらいしましょうよ」 台所に立つゾーロに、 「………面倒くさい」 「………それでいいんですか」 リベックは長くため息を吐きながら、リリィに向かい合った。 「リリィさん、こんな処とは知らず一晩我慢させてしまってすみません」 「……をい」 「いえ、お二人とも良くしてくださいましたよ、お話も楽しかったですし」 「話?」 何か良からぬ事でも吹き込まれていないかと疑ってしまうのだが、素直にどんな事を話したのかが気になって話を促す。 「ええ、リベックさんは西の出身なのですよね、私は中央より西に行ったことがありませんのでどんな所かと気になってしまいます」 「えと…それだけですか?」 「他にも美味しいドーナツ屋さんの事や西の海は綺麗だとか、色々話してくださいました」  紫の目を輝かせるように話すリリィに見惚れてしまうリベック。それだけでリベックは幸せだった。 「………リベック、今日から休みだろう?二人で出かけてきたらどうだ?」 とキッチンで朝食を作っているゾーロからそう提案されて、 「ええと、良ければ一緒に出掛けませんか?まだ早いのでもう少ししてから…」 「私みたいな人形で良いんですか?」 「貴女がいいんですよ」 等と聞いている方が恥ずかしくなる様な言葉を言い続けるリベックに『恋とは人を変えるのだな』と思うゾーロなのだった。  それからソファを勧められ、それにリリィと二人隣同士で座り、ゾーロにコーヒーを淹れて貰いそれを飲んでいるとふと、 「リリィさんは飲まないんですか?」 「ええ、人形は食べ物や飲み物を必要としません」 「そう……なんですか」  人間とは違うと解っていたが、根本的に違うのだと知って少しばかり胸が痛くなるリベック。 「おーはよぉー」 という声と共にキアナがフラフラと姿を現した。ゆるゆるのTシャツにジャージ姿でリベックはだらしがないという印象を受ける。 「キアナ、着替えてから来いと何時も言ってるだろう」 「あーうん、そうだった着替えてくる」 と言うとキアナは部屋へと戻っていった。 「…あの、何時もああいう感じで?」 「いい加減覚えて欲しいのだがな」 とため息混じりに呟くゾーロに、自分の何倍も苦労しているのが伺えて改めて尊敬の念を抱くリベック。 「それにしても観賞用ドールというのは初めて見たな」 「ゾーロさんも見たこと無いんですか?」 「ああ、労働用ドールは何度か見たんだがな、観賞用というのはここまで人間に近いのだな」  人間に近い、というゾーロの言葉がチクリと胸を刺すリベック。 「………エルネリングの人とはこういう事を指すのだと改めて思ったな」 「なんですそれ?」 「人間とは違う理で生きるものという意味だ。本来は南大陸に住む者を指す言葉だったが、今は術者によって駆動する魔術生命体を指す言葉になった」 「……エルネリングの人」  そう呟いてリリィを見れば、何の事だろうと笑みを浮かべて首を傾げている。その様が可愛くて愛しくて、リベックは見惚れてしまうのだった。  着替えて戻ってきたキアナと一緒に朝食を取るゾーロを横目に、リベックはリリィを見つめ続けた。ゾーロ達の食事が終わると、 「リリィちゃん、お出掛けしよう!」 とキアナが言い出した。 「先輩、ぼ、僕のリリィさんにそういうお誘いしないでください」 「えーダメ?」 「キアナ、二人きりにしてやれ、それと仕事の用意をして来い」 「………はーい」  それにクスクスと笑うリリィ。その姿もとても可愛らしくて、 「……可愛い」 と何気なしに呟いてしまうリベック。自分の言動に気付くと顔を真っ赤にして、 「わ、忘れてください」 と顔を覆ってリリィに告げるのだった。 「リベック……さんは私と居ると驚いたり赤くなったりとしてしまっていますが、何か不快な思いをさせてしまっているのでしょうか?」 「ち!違います!!……えと、人間ていうのは恋というものをするんです、恋するとこんな風になるんです……僕も始めてで戸惑ってしまっているんです」 「コイ…とはどういうものなのですか?」 「それは、えっと」  どう説明したものかとゾーロを見やるが、プイッとそっぽを向かれてしまった。自分で考えろということかとリベックは受け取った。 「恋は、ですね…特定のヒトの事を特別好きになる事だと僕は思います」 「特別好き?」 「はい、他の誰よりも好きで、自分でもどうしてか解らない事ばかり起こってしまうんです」 「それで、リベックさんのコイのお相手はどなたです?」 「…………貴女ですよ、リリィさん」 「わ、たし………困ります、私は人形で特別好きになって貰える程の相手ではありません」 「でも僕は貴女に恋してしまったんです、お願いです一緒に居てくださいませんか?」  すると困ったように首を振って考えるリリィ。艶やかな黒髪がさらりと肩から落ちる。そして意を決したようにリベックを見やって、 「……………リベックさんがそう望むのでしたら」 と小さく頷いたのだった。 「おい、リベック」 「は、はい!」  完全に二人の世界に入っていたリベックは、ゾーロの言葉で現実に呼び戻された。 「そろそろ出ようと思うが、二人はどうする?」 「それじゃ僕もリリィさんと一緒に出ます、行きたい所があるので」 「そうか、なら用意してくれ」  そうして出勤用意の整ったキアナとゾーロ、リベックにリリィはゾーロ達のマンションを後にした。  暫く一緒に歩いた後、 「すみません、僕たちはここで」 「ああ、楽しんでこい」 「はい!」  そう言ってリベックとリリィはゾーロ達と別れ違う道へと進んだ。 「行きたい所とはとは何処なんですか?」 とリリィに問われたリベックは嬉しそうに、 「西の海です」 「海……」 「工業地帯ばかりですけれど、見晴らしの良い海浜公園があるんです、そこから海を眺めたいなって…」 「そんな所に行って私の様な者がいては、リベックさんがおかしな目で見られるのではないですか?」 「西ではドールの事を知る人は殆ど居ませんよ、リリィさんの事を綺麗な女の子だと思うに違いありません」 「ですが……」  そう乗り気でないリリィにリベックは、 「なら先に買い物をしましょう、少し欲しいものがあるので」 そう言って中央区画へと二人は向かった。  色々な店の並ぶ中央区画の通りの一つ、その中の傘屋にリベックはリリィを連れて入った。処畝ましと傘の並ぶ店内の中から、リベックは一つの日傘を手に取った。それはフリルがふんだんにあしらわれた水色の日傘だった。今リリィが見に纏っている水色のロングのエプロンドレスととても合っていて、リベックはそれを購入した。思った以上の値段がしたが、これもリリィの為と思い思いきって購入したのだった。 「どうぞ、リリィさん」 「これを…私にですか?」 「この傘を差していれば貴女がドールだなんて皆気づきませんよ」 「そうですか……でしたら」  差し出された傘を受け取り開いてそっと自分の顔を隠すように差せば、優雅な趣味の婦人としか見えなかった。 「凄く似合います、よかった」 「大丈夫でしょうか?気づかれたりしませんでしょうか?」 「ちょうど日傘の活躍する季節ですし、誰も気づきませんよ」 「…………はい」  嬉しげに顔を綻ばせて小さく笑うリリィにリベックは同じ様に笑みを返した。  その傘屋の隣にある花屋をじっと見つめるリリィを見て、リベックはリリィと共に花屋に立ち寄った。色とりどりの花が店いっぱいにある中で、リリィは白い薔薇の花を見つめていた。 「……すみません、これを一輪ください」 「え!?そんなっ!私はただ…」 「好きな方に花を贈ってみたかったんですよ」 「あ、ありがとうございます」  そうしてラッピングされた薔薇を受け取るとじっと見つめ続けるリリィ。余りにもうっとりと見つめるリリィに対して、 「花…好きなんですか?」 「………はい、私と違って…命があるので」 そう呟いたリリィに胸がチクリと痛んだがどう返したら良いか解らず、無言のまま花屋を後にした。  そうしてやってきた第四区画の海浜公園。穏やかな午前の光を浴びて西の海を一望出来るこの公園には、子供連れや若者、老人等がのんびりとした時間を過ごしていた。  リベックと傘を差し花を手に持ったリリィがやって来ても特に誰か何かを言う事も無く、海が一望出来るベンチに二人腰かけると、 「これが、西の海なのですね……」 「僕はずっとこの海を見て育ってきたので、リリィさんにも見てもらいたいなと思っていたんです」 「………綺麗、ですね」 「夕日が沈むところが一番綺麗なんですけど……夕日の綺麗な時間にまた、僕と来てくれませんか?」 「はい、夕日見たいです、東ではそんな光景は見れませんから」 「なら約束ですよ」 それに嬉しげに微笑み頷くリリィだった。 「それにしてもどうしてそんなにドールである事を隠そうとするんです?」  先程から人の視線をとても気にしていたので何となく聞いてみるリベック。 「…………ドールは好色家の象徴の様な物なのです、私の所為でリベックさんがそう思われるのが嫌なのです」 「………たしかに僕はそういう程経験はありませんけれど、貴女と一緒に居られるならどう思われようが気にしませんよ」  そう言われて正直驚いたが、リリィのその気持ちが嬉しくて、リベックはリリィを安心させる様な言葉を選ぶ。 「本当……ですか……」 「だから気にせず僕の隣に居てくれませんか?」 「………私の時間も後六日です、それで構わないのでしたら…」  そこでリベックは瞠目した、もう六日しか一緒にいられないかのかと、この美しく優しいヒトと一緒にいられる時間が限られているのだとリベックは再確認した。  昼食の時間になり公園を離れると、リベックは中央区画でハンバーガーを一人分持ち帰りで購入すると、リリィと一緒に市庁舎へと向かった。  第三十五部署へとやってくるとソファでくつろぐキアナの隣に二人腰を下ろした。 「あれ?リベ君今日休みじゃなかったっけ?」 とキアナが声を上げたが気にせずリリィと楽し気に話すのだった。   リベックは買ってきたハンバーガーを凄い勢いで食べ切ると、ゾーロの元へ向かう。 「ゾーロさん、彼女をもう少しだけでも長く一緒に居られる方法はないんでしょうか?」  懇願するようにゾーロに尋ねるが、返ってきた答えは残酷なもので、 「無理だな、術者が変われば術の形も変わる。もし別の術者に術を掛けられたとしても今の彼女ではなくなってしまう」 「そ、それじゃ、それじゃ!ダメなんです!!彼女のままでなければ!!」 そうドンと机に手を付いて、必死な形相を浮かべるリベック。それにゾーロは冷たく言い放つのだった。 「……だから無理だといっているだろう、諦めろ。彼女は愛でられる為に作られた存在だ、それが仕事と言っても過言ではない、解れ」 「……………はい」  落胆したように、リベックはそう呟くしかなかった。残りの今日を含めた六日間、どう過ごすのが良いのか、リベックは自分の席に座ってじっくりと考えるのだった。  一方リリィは、昼食用にと大量の菓子パンを食べるキアナに、 「甘いお菓子とはどんな気持ちになれるんですか?」 と聞いていた。キアナも何時も通りに、 「えーとねー、幸せな気持ちになるんだよ」 「それでお好きなんですね」 「うん、食べると幸せになれるからねー」 そんな風に嬉し気に話すリリィを見て、自分に出来る事は何なのだろうかと考えるリベック。  すると席を立ち、ソファスペースへ向かうと、リリィの前に膝付くと、リリィを見上げて、 「リリィさん、行きたい場所や欲しいものはありますか?」 「え!?そんな……いきなり言われても………」 「僕、リリィさんの行きたい場所に行きたいなと思ったんです。だから…」 そう言って中央区区画から西側の地図を広げると、 「まず、気になる所を探しましょう?それで実際に行ってみましょう?」 「こんなに………広いんですね、西側って」 「はい、だから、一緒に行きましょう?」 「でも私の行きたい場所で構わないのですか?リベックさんが退屈なのでは………」 「僕はリリィさんと一緒なら何処でも楽しいですよ」 「そう……なのですか?」 「はい!」 リベックが頬をほんのりと染めながらそう返事をすれば、興味があるのだろう、地図をじっと見つめ始めるリリィ。 「ここはなんです?」 「中央演劇場ですね、舞台が見れるんですよ」 「舞台ってお芝居ですか?」  ええと、とリベックは携帯端末で情報を調べている。 「今だったら『夏の彼方に』という演目……恋愛劇ですね、それをやってますよ」 「恋愛劇………面白いですか?」 「気になるなら行きませんか?」 「え!?………でも」 「これからの予定は決まっていませんから、ね?それに他にも気になる場所があると思いますから色々決めたいです」  それに淡い紫の瞳を煌めかせて「ここは?」「これは?」と笑顔を綻ばせて地図を指差すのがとても楽しそうだった。リベックもソファの隣に腰かけると嬉しげにその詳細を調べているのだった。  話が纏まったのかリベックが詳細を手帳に書き留めると、リリィと一緒に第三十五部署を出ていこうとした時だ、ゾーロがリベックを呼び止めた。 「なんです?ゾーロさん」 「いや、初恋と言っていた割には紳士なのだなと思ってな」 「え?それは多分母から色々言われながら育ったせいだと思います。女性相手は紳士であるべきと結構言われてきましから」 「なら、母に感謝だな」 「………ですね」  それに笑みを浮かべると、 「それだけだ、楽しんで来い」 「解りました」 そう言うとリベックは扉を閉じた。  その後、二人で恋愛劇を観賞し、リリィは興奮そのままに、近くの公園へ向かうと良かったところの話をし合った。  それから近くの店でリリィの服を買った。フリルをあしらった淡い緑のロングドレスだ。勿論リベックには痛い出費だったが愛しいリリィの為ならばと笑顔で支払いをしたのだった。  そして楽しそうに色々話をしながら、夜が更ける前にゾーロ家へ向かった。 「意外と早かったな」  部屋のインターフォンを鳴らすと、顔を出したゾーロにそう言われたのだった。 「で、楽しかったか?」 「はい!演劇を見るのは初めてでしたけれど、凄く切なくて堪らなかったです!」 と興奮気味に話すリリィに、ゾーロは満足気に頷くと、リベックに向かって、 「今日も泊めるのか?」 「駄目…ですか?」 「夜遊びくらいしても良い年頃だろう?」 「なっ!?ぼ、僕にはまだ……勇気が無くて…」 「もしかしたら紳士ではなく根性がヘタレているだけかもしれんな」 「ちょ!?ゾーロさん!?」 少々からかう様にゾーロが言えば、リベックが顔を赤くさせたり青くさせたりしている。リリィはというとキアナに今日見た演劇の感想を嬉し気に話していた。  そうしてその日はリリィに別れを言って、ゾーロの部屋を後にした。  少々火照る顔を夜風で冷やしながらリベックは自宅のある第三区画まで歩いて帰るのだった。  次の日、残り五日目のその日は、昨日買った淡い緑のドレスを着て傘を差したリリィが見たいと言っていた美術館をめぐり、リベックがテイクアウトした昼食を公園で食べ、その後はまた違う演劇を見に行った。  その帰り道、リベックは人の少ない公園へ向かうと、 「その……抱き締めても構いませんか?」 「…それが貴方の望む事なら」 それに何度も頷くと「失礼します」と言って、その細い体を抱き締めた。硬く冷たい体に漆器を思わせる滑らかさを持ったリリィ体を愛おし気に抱き締めるリベック。背が低いリベックはリリィと同じ身長なので同じ様に互いの肩に顔を埋めるようになる。すると小さな声でリリィが何か呟いているのが聞こえた。 「私は…幸せです、最後に…こんな優しい主に…出会えるなんて」 「……………」  リベックは聞いている事しかできなかった。リベックにとっては恋の相手であっても、リリィにとってはただの優しい主なのだと。けれどそれで構わないとリベックは思うのだった。  もうすぐリリィは動かなくなってしまう。おそらくだが今までは良い扱いを受けてこなかっただろう事が前の主を見て思ったからだ。だから主としてでも構わない、最後に幸せな気持ちになれるなら、リリィの為になら何でもしようと思うリベックだった。  体を離すとリベックはにっこり微笑んで、 「さ、ゾーロさん達の処へ行きましょうか」 「はい、解りました」  そうしてリベックからそっと手を繋ぎリリィの硬く細い指先を撫でて、ゾーロの家へと向かうのだった。  次の日、残り四日目のその日は、リリィが興味があると言った図書館へ二人で向かった。市内で一番大きな公営図書館へ向かい、リリィは物語を、リベックはノンフィクション作品を本棚から手に取り、読書スペースで隣同士座ってじっくりと読んだ。  けれどもリベックが本に集中できるはずもなく、横に座っているリリィに見惚れていた。ふと気付いたのか時折顔を上げて微笑むリリィにリベックの心は幸せで堪らなくなるのだった。きりの良いところで図書館を出ると、二人一緒に中央区画の店を見て回った。所謂ウインドウショッピングというやつだ。手を繋いで、のんびりと歩きながら色んな店を見て回るだけでリリィの目はキラキラと輝き表情は笑みを浮かべた。  そんなリリィを見てリベックも嬉しくなる。  今日も昼食をテイクアウトで食事を買うと、飲食スペースがある店の前でリベックは手早く口に放り込んでさっさと済ませてしまう。 「あの…何時も急いで食べていらっしゃいますが、何か理由があるのですか?」 「え?ああ…少しでも早く食べればリリィさんとの楽しく話が出来ますからね!」  それにきょとんとした表情を浮かべた後、頬を染めて照れるリリィを見て、リベックの幸せは最高潮に達した。  その後もウインドウショッピングを続けた。途中花屋に寄って先日とは違う黄の薔薇を一輪贈れば、リリィは照れてしまったのか俯いて微笑んでいた。  そうして夜も更ける前にまた同じ公園で、リベックはリリィを抱き締めると、ゾーロの部屋へと向かったのだった。  次の日、残り三日目のその日は、雨だった為許可を取ってゾーロの家で過ごすことにした。他愛も無い話をしているとあっという間に時間が経って、昼になるとリベックがキッチンで昼食を作るのをリリィは興味深げに覗き込んでくるのだった。 「珍しい…ですか?」 「はい、料理をするドールも居るとは聞いていますが、私はやったことがないので、こうやって作っているのを見るのはとても楽しいです。リベックさんはよく料理をされるのですか?」 「母と二人なので無理矢理やらされていますね、昔から。昔は色々思いましたけど、今は感謝してますよ。おかげで一人でも生活出来る様になりましたから」  そう話しながら、鶏肉とトマト缶と少しの香辛料を使って鶏肉のトマト煮を作るとダイニングテーブルへと運んだ。リリィは向かい合う様に座ってリベックが食べる様を嬉しそうに眺めている。それにちょっと緊張しながら、 「えと、見ていて楽しいですか?」 「はい、美味しそうに食べているのを見るのは好きなので。リベックさんは美味しそうに食べるので好きですよ、見ているの」  好きと言う言葉に一瞬ドキリとしたが、クスクスと嬉し気に笑うリリィを見て、リリィが楽しいならそれでいいかと思う事にしたリベック。  食事を終えると、コーヒーを淹れてのんびりと二人色々な話をした。何気ない事からこれからの事も。  そうしていると仕事を終えたゾーロとキアナが帰って来て、リベックも一緒になって夕食作りをした。慣れた手つきのリベックを見てゾーロは少々驚いていたが、色々と事情を知っているのか深く聞いてはこず、一緒に調理を進めるのだった。  夕食は特大バンバーグを作ると四人ダイニングテーブルに座る。 「ハンバーグ!ハンバーグ!!」 と嬉し気に声を上げるキアナに、 「……静かにしろ」 と諦めたような声を呟くゾーロ。  その二人を見て微笑むリリィに、そんなリリィを見て笑みを浮かべるリベック。  三者三様の表情を浮かべながら食事を楽しむのだった。 「そういえば三日後は祭りだが、参加するのか?」 「あ、そういえばもうそんな時期でしたね」 「……祭りって何です?」  きょとんと首を傾げるリリィに、ゾーロが説明をする。 「このシーデン市が出来た記念行事だ。男女とも花を服や髪にあしらってパレードを楽しんだり、出店を見て回ったり、色々とあるな」 「……三日後ですか」 「ああ、三日後だ」  それにリベックは言葉を詰まらせながら夕食を終えると、片付けを買って出た。その間リリィはゾーロとキアナを話し相手に色々と話をしていた。主に今度開かれる祭りについてだ。毎年どんな風なのか、リリィは東から余り出た事が無かった為知らなかったらしい。ゾーロとキアナの説明に目を輝かせながらうんうんと何度も頷いていた。  片付けが終わるとリベックもそれに加わった。 「リベックさんはお祭りに参加したことがありますか?」 「最近はあんまり行ってないですけど、小さい頃は行ってましたね」 「子供さんも行くのですか?」 「お祭りだからねー子供だってはしゃぐよー」 「そう、なのですね」  それに何度も頷いているリリィに、 「リリィさん、お祭り僕と一緒に行って貰えませんか?」 「い、良いんですか?」 「そんな嬉しそうな顔されたら一緒に行きたくなりますよ」 リベックが照れくさそうにそう言えば、リリィは頬を染めて笑顔を浮かべて何度も頷いた。  話が纏まると、リベックはゾーロにリリィの事を頼み、自宅へと帰って行った。  その次の日、残り2日目のその日は、リベックの家へと二人で向かった。母が仕事に出た後、そっと団地の五階にある自宅へリリィを招き入れると、キョロキョロと部屋の中を見て回るリリィ。 「リベックさんはここで育ったんですね」 「そうですよ、物心ついた時にはここで母と二人で暮らしていましたね」 「リベックさんのお部屋は?」 「こっちですよ」  さして広くも無い部屋の中を案内すると、リリィはキラキラとした瞳でリベックの部屋を眺めるのだった。 「ここに座っても?」 とベッドを指してリリィが言うので「どうぞ」と言うしか無かった。リリィがベッドに腰掛けると、リベックは机の椅子に座った。 「これが小さい頃のリベックさんですか?」 「ええ、まぁ…特に取り柄の無い子供でしたけど」 「そうなんですか?かわいいですよ」  それに頬を染めて照れるリベックを見てリリィはクスクスと嬉し気に笑う。それから小さい頃の話をして盛り上がったりもした。 「明日、お祭り楽しみですね」 「はい、一緒に楽しみましょうね」  そう言って、昼頃リベックの部屋を出た。  今日もテイクアウトで昼食を買うと、公園のベンチでさっさと食事を済ませると、その後は花屋に寄ったり、用品店を見て回ったりとウインドウショッピングをして楽しんだ。  夜が更ける前にまた公園に行くとリリィを抱き締めて、ゾーロの家へと送るのだった。  その夜、自宅へ戻ったリベックは、明日でリリィと永遠のさよならをしなければならないのかと思うと、中々眠れなかった。  その次の日、最後の一日は、リベックがゾーロの家へ向かうと、緑のドレスを着て扉を開いたリリィにリベックは思い切り抱き着いた。相変わらずリリィの硬く冷たい体に何故か安心感を覚える。寂しさに震えているリベックの背中をポンポンと優しく撫でるのだった。落ち着いたのか少し離れると、 「すみません、つい…」 「いえ、気になさらないでください」  不安げな表情を浮かべるリベックは顔をパンと叩くと、無理やり笑顔を作り、 「ゾーロさん、おはようございます」 と部屋の中へと入って行く。リリィが扉を閉じてリベックの後を追う。 「ああ、おはよう」 ゾーロは台所に立ち朝食の用意をしていた。 「…………最後の日だな、祭りもあるし、楽しんでこい」 「はい、言われなくても楽しんできます」 「だが祭りが始まるのは十時頃だろう?いささか早すぎないか?」 と最もな答えが返ってきた。今は八時前だ、祭りに行ってもまだ準備中だろう。ゾーロに断りをいれて暫く待たせて貰う事にした。二人はソファに腰掛けそれまでの間、リベックが祭りがどういうものなのかという説明をしていた。  まず参加者は花をあしらった装飾品を身に着けること、それは無料で提供されている事、大人も子供もこの街の平和を楽しむ為の祭りであるという事。それをリリィからの質問に答えつつ説明しているとあっという間に時間は過ぎて、十時過ぎと丁度良い時間になった。  リベックはソファから立ち上がると、リリィに手を差し出して、 「それじゃリリィさん、お祭りに行きましょう!」 「………はい!」  そうして二人はゾーロに礼を言い、その家を後にすると、祭りのメイン会場の受付へやって来た。  日傘を差したリリィの黒髪に淡い紫の花飾りを付けて貰うと、リベックも同じ色の花のブローチを上着に付けた。こうして花の飾りを身に纏う事からこの祭りは別名『花祭り』とも呼ばれているのだった。  二人手を繋いで出店を見て回り、広場で開催されていたフリーマーケットで珍しいものを見たり、リベックが昼用の食事を取っているとそれを嬉しそうに見つめるリリィが居たり、時間はあっという間に過ぎてしまっていた。  メインストリートのパレードでマーチングバンドの演奏を聴いたり、ダンサー達の曲芸の様な踊りを見たり、子供の仮装行列を見て二人で笑顔を浮かべながら拍手をしたりしたのだった。  そうしている内に真上にあった筈の太陽が傾き始め地平線へ近づいてきていた。 「リリィさん、西の公園へ行きましょう!」 「はい!」 「今日は晴れてるから綺麗な夕日が見れると思いますよ」  そうして二人は手を繋ぎ、第四区画にある海浜公園にやって来ると、丁度日が沈む頃だった。 「わぁぁ!!海に沈む夕日ってこんなに綺麗なんですね!」  二人は夕日の見えるベンチに腰掛けると、緩やかに流れる時間に身を委ねた。 「……ありがとうございました、この一週間、私の中で一番楽しい時間でした。こんなに素敵な主と一緒に居られて幸せです」 「そんな風に言わないでください、僕がやりたかったからやっただけの事で、むしろ付き合わせてすみません」 「いえ、本当に楽しかったです………私は、もうすぐ魔術が切れて止まってしまいます……本来なら廃材置き場へ向かわねばいけないのですが、もう少し、もう少しだけ………一緒に居ても、いいですか?」 「…勿論です、僕も最後までリリィさんと一緒に居たいので……」 「……リベックさん、ありがとう…ございます」  そう言ってリベックの肩に頭を乗せ寄りかかると、りべっくはそっとリリィの肩に手を回した。冷たいけれど滑らかな感触を忘れないようにと自分に覚えこませるリベック。  それから日が沈むまで二人はずっと無言のまま夕日を見続けた。  そしてリリィは眠る様に意識を失ったのだった。 「…気は済んだか?」  その言葉に振り替えれば公園の一角にゾーロとキアナが立っていた。二人の座るベンチに近付くと、リリィは意識を失いまるで眠っているかのようでリベックは愛おし気に抱き締めるのだった。 「…………はい」 「今生の別れが待っていると知っていての恋、辛いものだっただろう?」 「………いいえ、僕は今一番幸せです」  そう言いながらリベックの瞳にはボロボロと涙が溢れ零れてくるのだった。 「……そうか」  リベックはゾーロを見据えて、 「ゾーロさん、最後にもう一つだけお願いを聞いて貰えませんか?」 「内容によるな」 「それは……………」  棺の中で白いドレスを身に纏い眠る様に横たわるリリィ、彼女が好きだと言っていた色とりどりの沢山の花と愛用していた傘を棺に入れて、祭りの時にリベックが付けていたブローチをその手に握らせ、リベックはリリィの付けていた髪飾りをその手に握り締める。  リリィのその頬にそっと口付けると、ひんやりとした感触に何とも言えない表情をを浮かべるリベック。そして「お疲れ様」と小さく呟くのだった  そして蓋を閉じて土の中へと棺を埋めていく。墓石には『エルネリングの人』と書かれていた。  リベックもゾーロもキアナも黒服を着て、棺を埋める人達も黒服だ。  これは葬儀だ。  勿論リリィの。 「あの子とはもう会えないの?」 と呟くキアナにゾーロは頷き、リベックに向かってこう言い放つのだった。 「彼女はドールだろう?こんなことをして意味があるのか?しかも仕事を終えたドールを」  そう言うゾーロの意見は最もだ、けれどリベックは、 「僕は最初から彼女を人間として見ていました。だから……人間の様に送ってあげたいんです」 「………それは自己満足だがな」 そのゾーロの言葉にチクリと胸を痛めながら、 「解っていますよ、そうだって事くらい。けれど、どうしてもこうしたかったんです」 「………いつ頃から考えていた?」 「何時でしょうね、でも一週間しかないと聞かされた時から、そう…思っていたのかも、しれません…」 「………そうか」 そうして棺が埋まるとリベックは一人黙祷をして彼女の瞳の色と同じ淡い紫の薔薇の花束をそっと棺の埋められた地面に置いたのだった。
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