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枕
一人の小説家があった。彼はかなりの売れっ子の小説家、新作を出すだけでTVCMを打たれ、ワイドショーのニュースになるぐらいである。
そんな彼には悩みがあった。夜、不眠症ゆえに眠ることが出来ないのだ。そのせいか小説の執筆を夜中にしていたために、すっかり昼夜逆転生活が身につき、日が昇り空が白けて来る頃になってやっと眠りに就くといった日常生活。担当編集も朝に原稿を受け取る形になっていた。
とは言え、人間は昼は起きて夜は寝るもの。小説家は「夜は眠りたい」と考えるようになっていた。
そんな中、小説家は執筆中の資料探しとしてインターネットの広大な海へと航海へと出ていた。アシカとセイウチとアザラシの違いを調べるためである。外見はよく似ているが別種の生き物であることをノートに書き留めた小説家はそのページを閉じようとした。すると、下部のバナー広告が目に入る。
〈確実に眠れる枕! 熟睡間違いなし! 不眠症のあなたへの救世主!〉
この手の商品はいくつか試したが駄目だった。柔らかい枕を買おうと、自分の頭の重さに応じて柔らかさが変動する枕を買っても駄目だった。小説家は何の気も無しにバナー広告をクリックした。
「なんじゃこりゃ」
小説家は驚いた。商品説明一切無しの購入フォームにいきなり繋がったのである。普通この手のページは商品説明、つまり、枕の柔らかさ、枕の素材、お客様の喜びの声などが掲載されているはずなのに、それが一切無いのだ。そんな馬鹿な、小説家は購入フォームをスクロールしてみると、更に驚くものを見た。
〈枕、一点、500万円〉
ははは、これは面白い。明らかな詐欺ではないか。小説家はあまりのバカバカしさに笑う。
実に下らない、時間の無駄を過ごした。執筆に戻ろうとするが……
〈確実に眠れる枕! 熟睡間違いなし! 不眠症のあなたへの救世主!〉
バナーのキャッチフレーズが頭に引っかかり執筆に集中することが出来ない。アザラシが耳を揺らしてと書いてしまった…… アザラシの耳は穴状で外耳が無く揺れるはずがないと言うのに…… 耳を揺らすのはアシカだ。このまま編集に渡したら「アザラシに耳はありませんよ、センセ」とバカにされたように嘲笑われてしまう。いかんいかん、小説家は首をブルブルと振り、頬をぱんぱんと叩き気分を落ち着かせた。
「気になるなぁ、あの枕」
小説家は思い切って500万円の枕を買うことにした。詐欺だったら詐欺でいいネタになる。もし詐欺だったなら、今書いている作品を出した後に予定している短編集の中に「短編・単純な詐欺に引っかかった話」を加えることにしよう。これでプラマイゼロだ。
小説家は明らかに怪しい〈確実に眠れる枕〉を購入したのだった。
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