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夏の始まり
いつも通り朝のまだ誰もいない校門をくぐるとき触れる鉄の門扉はひんやりと冷たい。七月の空気が熱を帯びはじめるには少し早い時間だった。
正門を抜けてすぐ、街灯のように細長く高く伸びた支柱の先に備えられた時計の針の位置は、七時を少し回っていた。ちょっと遅刻だな──弘樹は自然とそう考えたことに気づいて、なんとはなしに付け加えた──本当なら。
校舎へ向かう途中、体育館への渡り廊下を横切るとき、館内を横目に見ようとしたが扉は閉ざされていた。中で誰かが運動しているような気配は感じられない。朝練の必要がなくなってしばらく経つ。先輩たちが練習しているはずがなかった。だからもう遅刻でもなんでもなかった。
少し遠く、野球部の掛け声は校庭の方から聞こえてきていた。これから地区大会を戦う彼らには朝練の必要がまだあったしこれからもあるだろう。二年生の引退はあと一年先だし、どこの部だってそうだ。気合の入った声にときおり混ざる金属音を背に、弘樹は校舎へと向かっていった。
この時間はまだ校舎の中も人気がない。窓から差し込む朝日が誰にも邪魔をされず廊下に影を落とす。特進クラスや準特コースは課外授業を課されているが、理数コースとは別棟なのでまず見かけない。わざわざ朝早く登校しておいてサボるような生徒はいないらしかった。
だから弘樹が自分の教室に、人影を認めたのは意外だった。
昇降口から二階へ上がり、ふと教室を見たとき、窓越しに二人の生徒の姿が目に入った。教壇に腰掛けた男子生徒に、女子生徒が何か話しかけていた。一人には見覚えがあった。男子生徒が教壇から立ち上がる。きちんと閉まっていなかった教室の入り口からは「……ごめん」と聞こえてきた気がした。前後はよく聞き取れなかったが、聞こえてしまわないよう、弘樹はきびすを返すと、いま上ってきたばかりの階段を、再び降っていった。
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