夏の始まり

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 それぞれ通学の仕方が違うので三人は最寄の広崎駅で待ち合わせた。駅の構内から出てすぐの駐輪場に向かう道を防いでいるポールの前で合流すると、並木通りに向かった。半日分の熱を含んだ道路と上空からの日差しに挟まれて、歩き出す前から汗がにじんでいた。風がなく熱が居座っているようだった。  オレは知ってると言うだけあって茂が先に立って歩いていった。上背のある分足が長く大股でなかなか歩くのが早い。後をついていく弘樹は少し早歩きになるが、それは水森さんも同じだった。水森さんは歩くのが得意な様子で同じ速さでも弘樹よりよほどゆったり歩いているように見えた。肩を越すくらいの髪もそよぐほどにしか揺れない。上体のバランスがいいのかな、と弘樹はつい考えた。 「こっちだっけ」と曲がり角で茂が聞く。 「もう一本先」と水森さんが答えると「そうだっけ」と言いつつ茂はまた先を歩いていく。  並木通りに植わった樹木は両脇の歩道だけでなく真ん中の車道も覆うほどに枝葉を伸ばしていた。夏の日差しを遮ってアスファルトに緑色の影を落としている。信号機よりもずっと背の高いこの木々の名を弘樹は知らなかったが、地面に落ちた葉は、滴のように太い付け根に膨らみを帯び先端に向けて細く抜けていて、輪郭はギザギザしていた。 「これってなんの木だろうね」  水森さんが弘樹と同じく道端に落ちた葉を見て呟いた。 「イチョウやモミジじゃないのは確かだと思う」 「それは間違いないね」 「クヌギ?」 「そうなの?」 「いや、思いついたのをただ言ってみただけ……」 「どっちも知らないから、まぐれで当てようもないね」  もしクヌギだったら、きっと夏にはカブトムシやクワガタムシが出没するはずで、そういうことは水森さんも見聞きした覚えがないそうなので、やはりクヌギではないようだった。 「小林くんってバイトはじめて?」  ちょうど向かいからきた自転車を避けるのに弘樹は少し歩みを遅めて半歩水森さんの方に寄った。水森さんもスカートに軽く手を添え四分の一歩ほど建物の方に身をずらした。自転車はレンガ敷き風の歩道にガタガタと車体を揺らされながら二人の横を通り過ぎて行った。 「うん、はじめて」 「それじゃあちょっとドキドキだね」 「水森さんも最初のときは緊張した? 家の手伝いならそうでもないのかな」 「ん? 家のじゃないよ。親戚ではあるけど」 「そうなんだ。じゃあ小さいころからずっと手伝っててとかじゃないんだ」 「全然。去年からかな。最初はやっぱりドキドキしてたかも」 「お皿割ったり?」 「初日に割った。コップだけどね」 「怒られた?」 「爆笑された。怒られるよりよっぽど傷つく」  水森さんは器用にも笑いながら腹を立てた。 「そういうベタなことは絶対にしないって思ってたのにやっちゃった。小林くんも気をつけて。初日からコップを割らないように」 「そう言われるとやっちゃいそうな気がする……」  実のところ弘樹はあまりドキドキはしていなかった。まだ決めたわけではないし、どちらかというと実感がない。実際に店を目にするまではそういう気持ちだった。  店は並木通り沿いにあった。歩道とを隔てるレンガ造りの植え込みには小さく硬そうな葉の密集した背の低い木が植えてあって、その向こうには壁面いっぱいに広がるガラス張りの大きな窓が道路側に向かって開けていた。窓際の席に座った客たちが何か話をしながら飲み物を飲んでいるのが見える。浅い三角の屋根をした平屋の建物で、入り口に「Hanna' Shallot」と筆記体の文字看板が掲げてあった。 「待って待って」と水森さんが小走りに駆けて、店の前を素通りしていった茂を呼び止めに行った。これだけうろ覚えなのに自信満々で歩いていけるのはすごい。水森さんの茶色いローファーがカッコッと音を立ててすぐ茂に追いつく。シャツを背中から引っ張られた茂はちょっとこけそうになって文句を言おうとしたが、店の場所を指差されると渋々戻ってきた。
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