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「けどさ、ほら、どういう仕事か参考までに見とかないとな」
「それならもう十分見てるでしょ、さっきから」
「もしかして文化祭で喫茶店でもするの?」
ひらめいた風に葉月さんが言った。
「それいいっすね。プロがいたら……あぁでも、水森、クラス、別だしな」
「プロじゃないんだけど。バイトなんですけど」と水森さんは茂を牽制しておいてから葉月さんに向かって「二人とももしかするとここで働くかもしれないんです」
「そうだったの」
めがね越しの葉月さんの目が意外そうに広がった。
「まだ迷ってるそうで、ひとまずお店を見てみようかって」
「見てみて、どうでした?」
「最高ッすね。こんなステキな店でオレも働いてみたいっす」
弘樹は少しむせそうになったのをごまかした。水森さんは思うところありそうな口元だけの笑みで静観していた。
葉月さんは嬉しそうに礼を言うと「それだったら」と茂と弘樹に交互に目をやった。
「折角ですし、今日、面接だけでもしていきませんか?」
「面接があるんすか」
「はい」
葉月さんはにっこりと茂に答えた。
「店としても一緒に働くかもしれない人のことは知っておきたいですし、働きはじめる前に店の人間に聞いておきたいこともあるでしょう」
葉月さんの説明に茂は「たしかに」とあいずちをうった。
「今日すませておけば、また日を改めて来てもらわなくてすみますし」
「あ、そうか。また来るのは面倒っすね」
「面倒って」
水森さんは何か言いたげだったがやっぱり止めたようだった。
「どうします?」
「そうっすね……」と少し考えるのかと思いきや茂は「じゃあ、お願いします」と簡単に答えた。
弘樹はちょっと困ったなと思った。なにがと言われると難しいが、少し気が重かった。こういう風に話が進むとは思っていなかったということもあるし、「どうしてここで働いてみようと思ったんですか」とか聞かれても答えようがないというようなこともあるけど、そういうこととは別のためらいでもあった。
答えかねていると、葉月さんが見ているのに気づいた。目が合ってしまうと、葉月さんは微笑んだ。
「話をしてみて、実際に働くかどうかは、あとで決めていいんですよ。二人は、水森さんと同学年?」
水森さんがうなずく。
「なら志望校によっては、勉強と両立できそうかということもあるだろうし……」
「え。まだ二年の夏っすよ」
「来年の冬、涙目になってるのが目に浮かぶ」
混ぜっ返そうとする茂を水森さんが茶化した。
難関大を目指すような人なら二年の夏でももう本格的に対策を始めているということもあるかもしれない。弘樹はもともと三年まで部活を続けるつもりだった。まだ志望校どころか受験勉強のことも深く考えていなかった。茂はもちろん、多分、水森さんも。学校でもそういう雰囲気になるのはまだ先のことのように思われた。
葉月さんもそれはわかっているだろうと弘樹は思った。
「あの、面接、お願いします」
弘樹が告げると、葉月さんは喜ばしげにうなずいた。
準備をしてくるからと、葉月さんはテーブルを離れていった。残された三人は、なんとなく言葉なく、それぞれ座りなおしてみたり、コーヒーだったものに口をつけようとしてやめたりした。
いつの間にか店内には新たな客が入っていた。二人がけの席に壮年の女性とおばあさんが向かい合って座っていた。仲が良さそうになにかを喋っているようだが、母娘には見えない感じがする。
不意に「よかったの?」と水森さんが聞いた。弘樹は笑みをつくった。
「うん。僕も興味はあったし」
「ホント? 嫌がってるのを無理やり連れてきちゃったんじゃないかって、心配してたんだ」
「オレは嫌がってるのを無理やり連れてこられたんだった気がする」
「でも、来てよかったでしょ」
悪びれもせず言う水森さんに、茂は同意したいけどしたくないといった悩ましげな様子で首をかしげた。弘樹は困ったように笑った。
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