今日私は繭子を殺さなければならない

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 ✶    私は東京から単身赴任で五年前に福岡に来た。 住めば都と言うが、その通り福岡はなかなか住みやすい土地だ。まず東京のような息苦しさがない。方言にも心が和む。地下鉄は至ってシンプルで、方向音痴の私でも迷子になりようも無い。空港は市の中心から地下鉄で僅かニ十分の市街にあり、近くに海があり山もある。何よりちゃんと空がある。  繁華街は東京にあるような若者向けのファッションビルや老舗デパートに、原宿や代官山や銀座のミニチュアみたいな街角がぎゅっと集まって、コンパクトに都会的な街を形成している。適当に田舎。適当に都会。今の所、何をしようにもこの街で不便を感じた事はない 。    妻は東京にいる。子供はいない。  妻は大学の准教授で私に付いて福岡に来る事はなかった。当然だ。 妻が夫につがいの鳥のように遮二無二付いて来なきゃならないという道理はない。 夫婦であってもそれぞれが、仕事に生きがいを持つ独立した人間なのだから。    口には出さないが子供もいない夫婦がお互いの顔を突き合わせて 、一生密着して生きるのはいささか窮屈だという事だ。妻にキャリアがあれば尚更の事。今の私が置かれた真の立場と妻の仕事ぶりを比べれば、彼女は私より数段上のステージにいるのかもしれない。自虐。自分の妻の事をまるで妬むように語るだけでも私は終わっている。  
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