今日私は繭子を殺さなければならない

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 私は福岡での勤務が長くなるだろうという事は薄々分かっていた。 本社には若手の精鋭部隊が軒並み前線に勢揃いして、彼らを指揮するには私世代では最早力不足なのである。私達はIT時代に取り残された 、型落ちした使い勝手の悪い旧モデルというわけだ。生まれた時からテレビゲームや携帯電話があるような世代に、夕暮れまでトンボを追っていた世代がIT社会でかなうわけがない。  虚無感、敗北感、脱力感。おそらくあと五年後の定年まで私は東京に帰る事はないだろう。 いや定年後更に五年は続けるつもりの嘱託勤務もここ九州に違いない。 他社への出向も大いにあり得る。 仕事があるだけ有り難いと思えということだ 。     私は福岡に来てすぐにマンションを買った。中古マンションだ。 会社のコミュニティをそのまま横滑りさせた様な、狭苦しい社宅には住みたくなかったし、せこい投資目的でもある。福岡の不動産物件は不景気な世の中でも右肩上がりだと小耳にはさみ、東京に戻される事になってもすぐに売却出来て 、とんとんか、あわよくば少し利益が出るのじゃないかと思ったからだ。しかしながら、東京に、のはなさそうだ。    繭子との逢瀬はホテルだけではなく、マンションを使う事も頻繁にあった 。東京と同じようにマンションの住人と親しく付き合う事もなく、 月ニ回しか来ない妻に付き合いもない住人からお節介な密告をされる心配もなかった 。
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