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「具合が悪そうです。誰か呼びましょうか」
初めて聞いたその人の声は、雪乃の予想より低く芯のある響きだった。
妄想のミステリアスな彼とは少し違う、誠実な印象の声。
しかし今はそれに感動している余裕もなく、彼が持ってくれた傘から手を離し、その代わり彼のコートの端を二本指で握った。
「……すみません、暗い場所が、苦手なんです……」
泣きそうな声でどうにかそう伝えたが、男性はさほど驚く様子は見せずに「そうですか」と頷き、傘を預かった。
むしろ納得した様子を見せている。
彼は自然な動作で、雪乃の隣に三十センチほどの空間を空けて座った。
「電気の近い場所へ移動しますか」
彼がそう言って指で示した予備電灯のそばには、他の男性たちが密集して座っていた。
そこに加わることは恐怖であり、何より今の雪乃は体が震えて一歩も動ける状態ではない。
「いえ……できればこのまま、隣にいてもらえませんか」
「俺がですか?」
戸惑った返事が聞こえ、雪乃は“しまった”と彼の顔を見上げる。
眼鏡とマスクのせいで、彼の表情は確認できない。
しかし彼はすぐに雪乃の背中に手を添えて、「いいですよ」と頷いた。
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