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彼の大きな手は、雪乃の背中に数ミリの隙間を保って添えられていた。
感触はなく、温かさだけが伝わってくる。
それでは背筋がじれったく感じた雪乃が思いきって自分から彼の手に背をつけると、彼は遠慮を取り払い、介抱の意味でしっかりと雪乃の背中を支えた。
見知らぬ女にこんなことをせがまれては迷惑だろう、そう思った雪乃は涙目になった。
「……ごめんなさい……」
憧れの人との初めての会話が、なんとも情けないものになってしまった。
そもそも会話をする予定もなかったのに、それよりも残念なことになるとは思いもせず。
「大丈夫です。いきなりこんなことになって、驚くのも無理はありません。いつ復旧するか分かりませんし、怖いなら眠っていてもいいですよ」
「はい……」
おそらく恐怖で眠ることはできないだろう。
しかし、彼の優しい言葉にホッとした。
「それに多分、俺と降りる駅同じですよ。朝、貴女のことをよく見かけます。いつもの駅でいいんですよね? 電車が動いて駅に着いたら、起こします」
「え……」
雪乃はこの状況の中で、ほんの一瞬だけ、恐怖よりも嬉しさが勝った。
首を上げて、眼鏡の奥で澄んだ目をしている彼の顔を見つめる。
(私のこと、知っててくれたんだ……)
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