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何となく、背後にまだ停まったままの電車を見た。
すると二人が座っていた車内の席に、立て掛けられたままの紺色の傘を発見した。
(あの人の傘……!)
とっさに中に入り、傘を取ってすぐに出た。
電車に揺られていたときの彼はこれを持っていたのに、今見送った彼は手にしていなかった。
取っ手がまだかすかに温かい。
ふと見ると、傘には有名なビジネスブランドのロゴが入っている。
憧れの人の私物、そしてブランド物。
雪乃は思わず持つ手が震え、落としそうになったが、くるりと回って何とかキャッチした。
傘を浮かせて持ったまま、駅の東口の階段から人のいないバスの停留所までかけ降りた。
当然だがすでに男性の姿はない。
予想以上の暗闇に足がすくみ、ここから先に進むことはさっそく不可能になる。
振り向いてももう誰もいない。出遅れたせいで、電車にも、道路にも、人がいない。
タクシーを使うという宣言も、足がすくんで出来そうにない。
そもそも、営業所の前に停まっているタクシーの運転手に声をかけることは、男性が苦手な雪乃にとってはすこぶるハードルの高いことなのだ。
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