「俺の家に来ませんか」

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扉が閉まったことを確認すると、晴久は立ち尽くし、しばらく余韻に浸っていた。 柄にもなくドキドキした。 連絡が来るのだろうか、それとも、明日の電車で会ったとき、声をかけられたりして。顔見知りとなったのだから、こちらから声をかけたっていいはずだ。 いや勝手に期待しても仕方ない、そもそも別に彼女とどうにかなりたいわけではないじゃないか。 ……そんなふうに弾む気持ちを抑え、晴久はコートの襟を立てると、アパートから立ち去るために踵を返した。 すると、まだ一歩しか歩きだしていないところで、コートのポケットに仕舞っていた携帯が振動した。 長い振動が連続して鳴るのは、通話着信の合図。 すぐに手にとって画面を見ると、収まったはずの心臓が再び跳ね上がった。 連絡先を交換したばかりの『細川雪乃』からの着信だった。 「……はい、どうかしましたか」 晴久の声色には困惑が混じった。よく考えたら、別れてからほんの一分、お礼の電話にしては早すぎる。 不審に思う間もなく、すぐに、電話の向こうからは荒い呼吸と嗚咽が聞こえてきた。 『あのっ……電気が……つかなく、て』 泣いている。それが分かると、晴久は無意識にエントランス近くまで引き返していた。 「家の電気が点かない?」 『はいっ……』 「俺はまだアパートの前にいます。出てこれますか」
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