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「それはどのへんが……? 俺は電車では顔を隠していますし、基本的に誰とも関わらず無愛想にしていたと思うのですが……」
「そんなことないです。いつも席を譲っているのを見て、優しい方なんだなって」
「……見られていたとは……」
「ふふふ、気付いちゃいました。だから、素敵だなって思っていたんです」
これは恋愛としての「素敵」ではないかもしれない、と悩ましくなってきた晴久だが、雪乃にそう思われていたことは素直に嬉しくなった。
どこへ行っても顔ばかり褒められてきた今までを思うと、素顔を隠しても自分を見てくれていた彼女のことが特別に思えてくる。
「……細川さん……」
実際に見えている部分だけではなく、晴久には雪乃の全てが魅力的に感じられた。
そんな人と一緒のベッドに入っているというこの状況はチャンス以外の何物でもない。
布団の中で手を握ってしまおうか。
晴久がそんな欲望にかられたとき、雪乃は「だから」と言葉を続けた。
「高杉さんが声をかけてくれたことも、家に誘ってくれたことも、全部優しさだって知っていました。他の男性みたいに下心がないって分かっていたので、安心できたんです」
晴久は伸ばしかけていた手を戻した。
無垢な笑顔を向けてくる雪乃に「なるほど」と小さく相づちを打ち、体の向きも戻した。
“危なかった”と早計だった欲望を抑え、冷静になる。
ここで下心を出したら、あまりにも台無しだ。
それでも彼女を魅力的に感じている事実は消せず、少しだけ横目で盗み見る。
「……細川さん?」
まもなく寝息が聞こえ、すでに目を閉じて眠っていた雪乃に晴久は拍子抜けするが、その澄んだ寝顔に心は和らいだ。
色々あったのだから寝かせてあげよう。
そう思って彼女の首まで掛け布団を引き上げると、「おやすみ」とつぶやいた。
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