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皆子は手を止め、その手を頬にあててうっとりとし始める。
彼女はイケメン課長の話になるといつもこうだ。
よく知っている雪乃は、皆子は戦力外になったものとして彼女の資料の山にも手をつけ始め、進めながら聞く。
「営業課長……すごいよね、まだ三十二歳なのに最速で課長になっちゃった超デキ男。それにあの顔! たまんない! ああいう硬派っぽい目付きのイケメンって本当に貴重だわ。知ってる? 脚が長すぎてスーツは特注なんだって」
「すごいですね」
そんなに脚が長いのはすごい、と漠然と思いながらも、雪乃はこの手の話題には全く興味がなかった。
それもそのはず、雪乃はこの世で苦手なものが二つある。
“男性”と“暗闇”だ。
どれくらい苦手かと言えば、オフィスにいても日の入り時間になれば悪寒がし始め、見知った社員でも男性と二人きりになれば冷や汗が出るほど。
その男性がイケメンかどうかは、苦手意識の強弱にはあまり関係しない。
彼女がこの地味な見た目をキープしているのも、できるだけ男性に声をかけられないための予防線だった。
「聞いてる? 雪乃ちゃん。男の人が苦手なのは重々分かってるんだけどさ、やっぱり雪乃ちゃんに恋愛してほしいな。面白がって言ってるんじゃないよ? 誰かにちゃんと守ってもらって欲しい。こんなに良い子なんだから!」
「ありがとうございます。でも、いいんです、私」
“いいんです”と言った雪乃は皆子に感謝しつつも、実はマスクの下で微笑んでいた。
恋愛なら実はもうしている、という秘密を黙っているからだ。
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