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◇◇◇
この日、退社は珍しく夜九時を過ぎた。
雪乃がオフィスにこの時間まで残っているのは初めてである。
最近は定時の午後五時、日の入りギリギリに帰ることができていたのに、この日はたまたまシステムトラブルによりこんな時間まで残業を言い渡されたのだ。
「ごめんね細川さん、助かったよ。もう帰って良いけど、ひとりで大丈夫?」
残業が終わり部長にそう労われても、雪乃の表情は晴れなかった。
「大丈夫です」
外は真っ暗、駅まで人通りはあまりない。
夜特有の寒さ、雨上がりのじんわりした匂いもしていて、意味もなく胸騒ぎがする。
嫌で仕方がないが、この暗闇の中を帰らねば家には着かない。
誰かに駅まで送ってもらうこともできたが、この時間では男性社員しか残っておらず、雪乃にとってそれでは逆効果。
暗闇を男性と歩くというのは、何としても避けたいパターンのひとつだ。
雪乃は冷や汗をかきながらもひとりで駅へ向かい、すくむ足を奮い立たせて電車を待った。
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