「今夜は優しくできそうにない」

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エンディングが終わり。 場内が明るくなるのを待った。 照明が点くと、サイドの髪が乱れ、肌寒いはずなのに紅潮した顔でむくれている雪乃が露になる。 「はは、ごめん。大丈夫?」 「……大丈夫です」 晴久は、思ったより乱れていた彼女の髪を指で整える。 暗いからといって好き勝手しすぎてしまった、と反省しつつも、可愛らしく睨んでくる雪乃が面白くて口元が緩んだ。 上映中、暗闇で彼女の頭を抱いてキスをしてしまった。 ストーリーが数分飛ぶくらい夢中になり、彼女の鑑賞の邪魔をしたことは間違いない。 シアターを出て屋外に出ると、まるで付き合いたての学生のすることだと正気に戻った晴久だが、隣を歩く雪乃の顔はまんざらでもない。 唇をふにふにと弄ったり、時折熱い頬に手をあてて冷ましたりと、良い反応をしている。 「映画面白かった?」 「あ……はい! すごく! お家で観るのと映画館で観るのでは全然違いますね。内容もすごくドキドキしましたし……」 「だから顔が赤いの?」 「そっ、そうですっ。映画のせいです」 「そうか」 「……晴久さんのせいですよ」 雪乃なむくれながらも晴久の裾を握り、そろそろと腕を組み直した。 彼女のすることが一々可愛くてたまらず、恋人に意地悪をしたり言葉で攻める趣味なんてなかった晴久も、ふとしたときに妙な欲が止まらなくなる。 深呼吸をして抑えながら、もしかして今までの恋愛は恋愛ではなかったのではないか、とさえ思った。
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