終章 苦悩と悲哀

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 店を始めてから、霊斬の耳に聞こえてきたのは、恨み、怨念、哀しみ、苦しみの声だった。霊斬は見て見ぬふりをしたくなくて、裏稼業の〝因縁引受人〟を始めた。それは、霊斬の心と身体を犠牲にした上で、成り立つものであった。ただし、殺しはしないということを第一条件にして、刀の修理を請け負い、多額の金を受け取る。  殺しをしないというだけでも、霊斬の心の負担は減る。相手をこれで勘弁と言わせるぐらいまで、痛めつければいいだけなのだから。依頼の中には、依頼人を欺いて、江戸から逃がした人間もいたなと、思い出す。数えきれない人間を傷つけてきた。それと同時に自分の身体には数えきれないほどの傷がついた。心にも同じくらいの目に見えない傷がついた。  痛みはあった。身体の傷は治るが、心の傷は治らずに、血を流し続ける。癒す方法などないので、そのままにしておくほかない。  裏稼業を始めると決めたときも、辛さが否めなかった。辛いと思いながらも、自分で決めたのだ。  それが〝代償〟だと。  そう割り切ってしまうほかなかったのだ。  自分で心と身体を捨てた。  それからというもの、辛さはさらに増していった。  身体も、心も、痛い。痛くて、痛くて、(たま)らない。  その痛みに、霊斬は堪え続けるという、地獄を味わい続けた。  なぜ、なぜ。このような選択をしなければいけなかったのだろう。ほかに道はなかったのだろう。そうでなければ、このような選択をしなかっただろう。考えられる最悪の道だったのだから。もう、それしかなかったのだ。命の次に大事なものを犠牲にしてでも、霊斬は生きたかった。そんな馬鹿な方法と思うかもしれないが、不器用すぎるがゆえに、自分が大事という当たり前のことを知らずに育ったがゆえに、そのような選択をせざるを得なかったのだろう。
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