終章 苦悩と悲哀

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 霊斬は最初から〝闇を選んだ〟わけではない。〝光に憧れる〟ことも数回、あったのだ。  光の中を歩けばどんな感じがするだろうと、想像しなかったわけではないのだ。だが、闇ひとつない光の眩しさに、恐怖を抱いてしまった。まるで、〝闇を抱えること〟が罪であるかのように。そう、感じてしまった。  〝闇を心のうちに抱えたまま、光の中を歩いてはいけない〟。幼いながらも霊斬は、そう思ってしまったのだ。心の中にある闇を完全に消し去らなければ、光の中を歩く資格はないとすら、思ってしまった。  だから、光の中を歩くことは止めた。  ならば、闇ならばどうか? 心の中には光よりも深い闇の方が強く残っている。人の裏の顔を、ずっと見てきたから。もう、慣れていた。  闇の中ならば、歩けるかもしれない。  そんなことを漠然と思った。  これから先のことはどうなるか分からない。  今よりも苦しく、辛く、哀しいことが起こるかもしれない。  光と闇の狭間で立ち止まっていたくはなかった。  光がだめなら、闇しかない。  そう思った霊斬は、闇の中を歩くことを決めた。  歩いてみると、その絶望は想像を超えていた。  深く、心の中が闇で塗り潰されてしまうかのようにも感じられた。  そんな道を歩くことにして、二十年くらいが経とうとしている。  かつて、闇を選んだということを後悔してはいない。  歩ける道がそれしかなかった。楽ではないにしろ。ただ、それだけのこと。  ほかの考えなど、ほかの道など、当時はいくら考えても浮かばなかった。  今ならば浮かぶのか? 答えは否だ。  やはり、この道が最善だったのかもしれない。  だが、千砂が泣く姿を見ると、最善ではなかったのかもしれないと、決意が揺らぐ。  誰かを悲しませることを嫌うので、そう思ってしまうのだ。  今さら、道は変えられない。戻ることも、できない。進むしかないのだ。己を傷つけながら。  どれほど傷ついたのかなど、もう分からない。それくらいに傷つき、苦しんだ。  それが終わることなど、今のところはないのかもしれない。  ――それでも、俺は。自身に向き合いながら、すべてを理解した上で、闇の中を進んでいく。  霊斬はそう、決意を新たにした。  その悲壮な決意をしたであろう、霊斬の暗い横顔を見ながら、千砂は思う。  ――あたしは、霊斬に生きてほしい。ただ、それだけなんだ。  泣きそうになりながら、その横顔を見つめていることしかできなかった。
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