第一章 手代

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第一章 手代

 霊斬(れいざん)はたすきを解いて懐に仕舞うと、訪れた男を見た。  歳は十代後半くらいか。砂埃に塗れた着物を見る限り、決して裕福な者ではなさそうだ。 「どのような依頼でしょうか?」  暗い双眸のまま、霊斬が尋ねる。 「その前に……あなたが因縁引受人、なのですか?」 「はい」 「あっしは油問屋の手代をしています。親方を困らせている客をなんとかしてほしいのでございます」 「私にできるのは、その武家、あるいは人を壊すか、痛めつけることです。それでも構いませんか?」  霊斬は静かな声で告げる。 「よく分からねぇけど、とにかくこなくなればいいんだ!」 「分かりました。直す武器はお持ちですか?」  男は懐に手を突っ込んで、銭一枚と小刀を差し出した。 「これだけしかないのです」 「構いませんよ。人を殺めぬこの私に頼んで、二度と後悔なさいませんか?」 「後悔なんかするもんか!」 「では、そのお客の名を教えていただけますかな?」  霊斬はそう言いながら、銭を袖に仕舞った。 「如月(きさらぎ)冥利(みょうり)です」 「分かりました。一週間後にまたお越しください」 「は、はい!」  依頼人は返事をすると、頭を下げて店を去った。  霊斬は日が暮れるまで先ほどまで話をしていた部屋のさらに左側、刀を作る部屋にこもって仕事をしていた。  格子窓から見える空を見て、夜の帳に気づいた霊斬は、手を止めた。  手早く準備をし、店を出た。  霊斬が向かったのは店から遠くにある一軒の家だった。 「いるか?」 「はいよ」  家の主――()()が返事をしながら、戸を開け、霊斬を招き入れた。 「それで、今回の依頼は?」 「依頼人は、油問屋の手代。親方を困らせている如月冥利という男を店にこないようにしてほしいそうだ」 「分かったよ。ひと晩、おくれ」 「頼んだ」  霊斬はそれだけ告げると、家を去った。  霊斬と千砂は人に知られてはいけない別の顔を持っている。  霊斬はこの世の闇を武器の修理と引き換えに肩代わりする〝因縁引受人〟という裏稼業をしている。金はあれば受け取るが、なくても受ける。ただし、依頼人に二度と後悔しないと約束させる。  千砂は〝(からす)(あげ)()〟と呼ばれる情報屋で、忍び。今は霊斬と手を組み、情報を渡し、その見返りとして、彼の裏稼業を見届けることにしている。  霊斬は店に戻ると、依頼人から預かった小刀を手に取った。  切れ味が相当落ちていただけだった。  霊斬は砥石を取り出し、丁寧に研ぎ始めた。
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