いつも売れ残る掛け軸

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 私は古物商を営んでいる。父が骨董品の収集家で、幼いころからそのような価値のある物に囲まれて過ごしてきた。  父が死んだ時、遺品を整理していると、母がまだまだ収集物があると教えてくれた。告げられた貸し倉庫へ足を運ぶと、そこには天井まで埋め尽くさんばかりに雑多な骨董品が溢れていた。父は私が壊したり失くしたりしないように、わざわざ倉庫まで借りて集めていたのだった。  壮観な宝の山にうっとりしながら、私は脱サラして骨董商を始める決意をしていた。 「店長、これなんかどうですか?」  バイトとして雇っている美紀(みき)ちゃんが、パソコンから目を離し、興奮した様子で顔をこちらに向けてきた。 「どれどれ……。あー、ダメダメ。美紀ちゃんさあ、前も言ったじゃん。1円で誰も入札してないのは何か理由があるんだって」  彼女からマウスを取り上げると、私はカーソルを動かした。そして説明文を指し示すと、美紀ちゃんはあっと声を上げ、舌を出した。 「送料未定。大体こういうのは後から莫大な送料を請求してくるんだから」  そう、世の中に美味(うま)い話はないのだ。この手のものは何かしらカラクリがある。それでも人は甘い蜜に吸い寄せられ、騙される。私も何度も痛い目に遭ってきた……。  それでもごくたまに割安で、本物のお宝を見つけることがある。その時の興奮と言ったらない。骨董品を扱う醍醐味といったらこれであろうと私は思う。  正直私の店の経営はそれほど良くない。実は父のお宝を見て安易に骨董商を開く決意をしてしまったのだが、父のコレクションは大半が偽物だった。おかげで私の浅はかな夢は(つい)え、経営は火の車だ。 「でも、そんな詐欺まがいのことをされたらキャンセルすればよくないですか?」  美紀ちゃんは1円のその刀を見て怒ったように尋ねてきた。 「前にも言ったじゃん。報復評価というものがあるんだよ。キャンセルしたら悪い評価をつけられたり、あることないことを書かれたりする。オークション側に連絡すれば消してもらえるけど、手間だし泣き寝入りする人も多いんだ。私なんかは店のアカウントだから、低い評価をつけられるのは経営に響くしね」  美紀ちゃんは物覚えが悪い。既に何度も説明したことだ。彼女を雇って以来、ネットオークションで掘り出し物を探す仕事をさせていた。しかし彼女は未だに初歩的な失敗を繰り返す。 「大学では考古学を専攻しています。将来エジプトで発掘調査をするのが夢です」  バイトの面接の時のことを今でも鮮明に覚えている。彼女は目をキラキラ輝かせていた。ど素人よりはやはり知識のある方がいいと思い、彼女を即決で採用した。しかし程なく彼女はボロが出始めた。 「あー、考古学ってつまんないなー」  仕事を教えて数日後、彼女はパソコンの画面の前で頬杖をつき、ため息混じりにそう漏らした。 「えっ、なんで? 考古学者になりたいんじゃないの?」  私はキョトンとして彼女に尋ねた。すると彼女は躊躇するでもなく、 「だって、座学ばっかりで退屈なんだもん。考古学ってもっとあちこちに飛び回ったり、冒険したりすると思ってたのになー。インディージョーンズみたいに」  と言ってのけた。  私はそれを聞いて、ただ呆れるばかりで開いた口が塞がらなかった。  そんなことを思い出していると、私はパソコン画面に不審な点があることに気が付いてしまった。 「えっ? 美紀ちゃん、これもしかして……」  美紀ちゃんが教えてきた1円の刀は、入札が1になっている。美紀ちゃんは舌を出して頭を掻いた。 「えへっ? バレちゃいました? 絶対お買い得だと思って、もう入札しちゃいました」  私はもはや何も言えなかった。そんな私をよそに、美紀ちゃんは臆びれる様子もなく、 「まあ、他の誰かが高値で入札するかもしれないですし」  と軽口を叩くと席を立った。どこに行くのか問うと、 「ちょっと休憩。ずっと座ってて疲れちゃったので」 「ええ、まだ全然働いてないじゃない」  私は強く言えないタイプなのでやんわり指摘したが、気に障ったのか彼女は首を振ってうそぶいた。 「店長がもうちょっとイケメンだったら、仕事もやる気が出るんだけどなあ。ハリソン・フォードみたいに」  それだけ言うとそそくさと足早に立ち去った。  私は茫然と立ち尽くしてその後姿を見送ると、パソコンに目を落とした。すると下の方に、類似のオススメ商品がいくつか表示されていた。その中の一つに目が止まる。 『掛け軸 100万円』  私は毎日ネットオークションをチェックしているので、何度も見た商品だった。それは何の変哲もない掛け軸なのに、あまりに値段が高すぎるのでずっと売れ残っている。また売れないのに出品しているのかと鼻で笑ったが、その日なぜか私はその掛け軸に吸い寄せられていた。
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