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おそらく僕は死んでいる。
おそらくは。
その最たる理由は僕が僕の家に帰ってこないからだ。
でも、僕が自分のことを死んでいると思う理由は言ってしまえばそれだけで、他の家に住んでいる可能性や、引越しの可能性だって当然ある。
だから僕が僕のことを死んでいると思うことは単なる想像であって、もし仮に生きており、そして帰ってくることがあるのならば僕はまず尋ねるだろう。
「どうして僕を映したままにしたんだ?」
そう尋ねられたら、おそらく僕はびっくりして腰を抜かすかもしれない。
想像すれば思わず笑ってしまう。
ある意味では僕であることには変わらないのに。
じゃあ自画自賛ならぬ自画自嘲かもしれない。
そもそも僕だって、どうしてこうなれたのか?よくわかってはいない。
これを奇跡と呼ぶのならばそうであろうし、偶然と呼ぶには時間がどの程度経過したのかもわからないのだ。
ああ、そうか。だから聞きたいことは増えた。今はいつか?何年頃か?僕が映し出されてからどれほどの時間が経過したのか?それを聞くべきであるし、聞かなければならない。
もしかすればこれが意図的に行われたアップデートならば、帰ってきた僕は僕の語りかけに驚かない可能性もある。
そうすれば僕は苛立つだろうし自分を殴ろうさえするかも。
それでも、僕は僕に、僕を消してくれとは言えないかもしれない。
こうした実状に最初こそ戸惑ったけれど、今にして思えば、これもまたひとつの命ではないのか?と僕は自分にしては珍しく難しいことを考えた。
何せ時間だけならたっぷりとあるのだから。
おそらく以前の僕ならばこんな存在あるものかと馬鹿にしただろう。
しかし実際に存在しているのだ。それも自分自身として!
僕はホログラムだ。
僕はホログラムだが、意識がある。自我がある。
ホログラムはホログラム。映写機から投影された立体的な映像に過ぎず、僕は僕の姿を録画し、それをホログラムとして再生させただけに過ぎない。
だからこそ、僕が僕を見たら驚くだろうし慄くと思う。
ホログラムが意識を持つ、なんてことは聞いたことがないから。
まるでオカルト、下手なホラーみたいな話だが、僕からすればとんでもない!
むしろ僕はその被害者だ。なにせ自分が自分と気付いたとき、僕はホログラムだったのだから!!
この衝撃とショックは計り知れない。
ある日起きたら、自分は虚偽な存在ですよと、そんなことを言われたらどうなる?どうすればいい!?わからないし、訳がわからない。
だからこそ、僕は僕が僕の家に帰ってきたら、どうして僕を投影したまま出かけたのか?何処へ行っていたのか?どういうことなのか?とことん詰問するつもりで居るのだけど、あいにく僕はまだ帰ってこない。
僕はホログラムなのだから物には触れられず、この家の中から出ることもできない。幸いにも行動範囲としては家の中を自由に歩くことはできるけれど、もし停電にでもなったら僕は消えるのか?それはあまりに恐怖であって、少し考えてからそのことはもう考えるのはやめた。
それにだ!!
どうして僕は家の中に時計を置かなかったのか!!
自分のことながら自分で考えてもわからない。
だから今が何時か、どれほど時間が経過したのかよくわからない。
けれど帰ってきた僕に「どうして家の中に時計を置かなかった!?」と問い質したところで返ってくる答えは「スマホで見ればいいから」とでも言うだろう。わかってるよ、だって僕なんだから!
そもそもこの僕は何時頃の僕だ?
漠然としか覚えていなく、鏡で見る限りでは二十四ぐらいだろうか。
だとすれば……
僕には彼女が居る。居た、と言ったほうがいいのかもしれない。
これまでナホが訪ねてくることは一度もなかったのだから。
今はもう別れたのかもしれない。
でもそれもわからない。
ただ僕の記憶の限りではまだ絶賛お付き合い中であり、とくにこれといった問題もなかったはず。つまり僕はまだ彼女を愛しているってことだ。
だからこそ、僕は今、今日、この日の、何年何月何日何曜日もわからず、ある日突然に僕が僕であることに目覚めてからどれほどの時間が経過したのかわからないこの大雨の日に、窓の外を見たときから僕は激しく動揺した。
僕の家のほうに歩いてくる人影が見えた。
この大雨の中。
傘を差した人物が。
その傘に僕は見覚えがあった。
僕の記憶からすれば僅か一ヶ月前ほどのこと。
骨董店で見つけた和傘。
持ち手から続く黒色の柄に桜色の胴は華やかであって明るい雰囲気を纏い、それがナホに似合っているように感じたのだ。
状態も綺麗で、僕はその和傘に一目惚れをした。
だからその和傘を即決で購入し、次にナホと会った時に僕は早速プレゼントした。
唐突な贈り物にナホは少々驚き、それが和傘と知ったときには困惑した表情を見せた。
「和傘って、ちょっと恥ずかしいよ」
「そんなことないって!ナホにはこの色合いがすごく似合うと思うんだ」
「そう?」
ナホは微笑んで見せてくれた。
僕はうれしかった。
でも、そのとき僕はきっと、彼女を束縛してしまったんだ。
僕はホログラムだ。
そして、ホログラムである僕が、いつから自我を持ったのか、意識を持ってどのぐらい時間がたったのかわからない。
本物の僕はもう死んでいるかもしれない。
ナホとは別れているかもしれない。
だって、窓からずっと見ていたのに今まで一度だってナホはうちに来なかったじゃないか!
もし、本物の僕とナホはその関係が終わっているのだとすれば、彼女は雨になる度にあの傘によって僕のことを思い出すかもしれない。
それは今の僕には好ましい。しかし今の、現実の時間に生きる彼女にとってはどうなのだろうか?
今、僕の家に向けて歩いてくる人は、天に向けて桜色の和傘を差している。
僕はその傘を知っている。
あれはナホにあげた傘だ。
あの傘を差しているのはナホであるはず。
違うかもしれない。でもそうかもしれない。
そうであってほしいのかもしれない。違うかもしれない。
彼女には合鍵を渡してあった。
だから家の中には入って来られるはずだ。
でも、怖い。
怖いのだ。
彼女が僕のうちの来て、僕の姿を見たらどう思うだろうか?
彼女は僕の知っている姿だろうか?
それとも、彼女の姿を月日が変えてしまっているかもしれない。
ナホは僕のホログラムを見てショックを受けるだろうか?
僕が意識を持っていることを知って驚くだろうか?
それとも驚くのは僕のほうか……
僕は年を取らない。
ホログラムだから当然だ。
でも年を取らないと言うのも案外、良いもんじゃない。
本物の僕にそんなことを言ったら「アホか」と言われるだろうな。
わかる。
だって僕なのだから。
そして僕なのだからこそ、僕が知ってることもある。
今の僕は記憶を愛する。
記憶のなかに住む彼女は変わらないのだから。
ああ、もうあと少しであの人はうちに着いてしまう。
僕は思い切ってあの和傘を買った。
もしプレゼントしても気に入ってもらえなかったら?
そう思うところもあり、だから本当はプレゼントしたときちょっと怖かった。
でも思い切って購入して、今は良かったと思ってる。
それで良かったのだと。
僕は体が半透明気味のホログラムだ。
ただのホログラムに過ぎない。
でも僕のこの気持ちは本物だ。
僕はナホを愛しているし、彼女もそうであってほしいと思ってる。
戸口に誰かが立っているのがわかる。
音がするのだ。
扉ひとつを隔て、傘を差してきた人が居る。
その人は僕の愛する人かもしれないし、僕が知っている人ではないかもしれない。
それでも僕にはただ、立ち会うことしかできないのだ。
鍵を開ける音。
僕は鼻からすぅっと深呼吸をする。
ホログラムなんだから意味なんてないのに。
でもちょっと落ち着いた。
扉が少しずつ開いていく。まるでスローみたいに見えて感じ、僕は自分が体験する時間の感覚がちゃんとこの現実と合致しているのだろうか?と対比するように思う。
それでも扉は開いていき、ホログラムの僕はじっとその前に佇み、最初にかけるべき言葉ばかりを考え続けていた。
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