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熱っぽい視線が俺に注がれた。数秒見詰め合ってから、吸い寄せられるように顔を近づける。ところが彼女はなかなか目を閉じない。おやおや。君は目を開いたままするタイプなのと思いながらもことを進めようとしたのだが、ユウコの目は逆に見開かれていく。その視線は明らかに俺を見ていない。
「どうした?」
その先をたどり振り返ると、女が立っていた。
「ヒトミ!」
「やっぱりこういうことだったのね」
「お前どうやって入った?」
「は?合鍵くれたじゃない」
そうだった。忘れていた。
「誰?」とユウコの声。
「えっと、妹だよ。急に来るからびっくりしたよ」
「何が妹よ。じゃあその子は従姉妹かしら?」
ヒトミの台詞に何も言い返せないでいると、ようやくこの状況を理解したのかユウコが立ち上がった。
「私、帰る」
出て行こうとする彼女の前にヒトミが立ちはだかる。
「ちょっと待ってよ。逃げることないでしょ」
「逃げるだなんて、そんな……」
ユウコは押し戻されるように俺の背後へと回り込んだ。
ヒトミは動揺する俺たちを鼻で笑ってから、
「ちょうどいいわ。これで白黒はっきりつけられるから」
バッグから取り出したものをテーブルの上にごろりと転がした。骨董品のようなナイフだ。
「ねえヒロユキ。それ、抜いてくれない?」
「抜くって、鞘からか?」
「他に何から抜くのよ」
そりゃそうだ。って、しかしなぜ?どうしてこれを抜かせようとする?俺が躊躇っていると、
「それね、悲劇のナイフって呼ばれてるんだって」
「悲劇の、ナイフ?」
「そう。それを鞘から抜くと、抜いた人が最も愛する人を傷つけることになるそうよ」
最も愛する人を……って、ヤバイだろこれ。傷つけるってことは、切りつけるのか?それとも刺すのか?ヘタすりゃ死んじゃうぞ。
「だからほら、早く抜いてよ」
「おい、冗談だろ。もし本当にそうなるなら……」
そこで言葉が詰まった。これはもしかして試されてるのか?俺がどちらを傷つけることになるのかを。確かに今はユウコに夢中だ。でもまだヒトミも愛している。ユウコとは遊びのつもり……なのか?現についさっき、ヒトミのことを咄嗟に妹と言ってしまったのは、ユウコを本命と思っているからじゃないのか?もしナイフを抜いたら、いったい俺はどっちを刺すことになるのだろう?
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