悲劇のナイフ

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「どうしたの?」とヒトミが俺に微笑む。 「いや、これで本当に愛する人を傷つけることになるのなら、もしかしたらお前を刺すことになるかもしれないんだぞ」  こんなことをやめさせるために言ったのだが、彼女は嘲るように笑った。 「ほんとにそうなるのかしら?でもいいわよ。刺されたら刺されたで、あなたに愛されてるってことだもの。それくらい我慢できるわ」 「私は嫌よ。刺されるのなんて」  それまで黙っていたユウコが声を上げた。 「あーら。あなたは自分が刺されるって思ってるんだ。たいした自信ね」 「別にそういうわけじゃないわ。万が一ってことよ」 「フン。まあ心配することないわ。もしヒロユキがあなたを刺そうとしたら、私が止めてあげるから」 「だったら私もあなたが刺されそうになったら止めてあげる。それから、ヒロユキと別れる」 「いいわね。お互い、相手が刺されそうになったら自分が身を引くってことにしましょ」  おいおい。勝手に話が進んじゃったぞ。結局俺がナイフを抜くことになるのか?やだよ。悲劇のナイフなんて気味が悪い。手に取ることすら勘弁してほしい。  二人の視線を痛いほど感じるが、俺は無言で首を振り、頑なに拒んだ。  するとヒトミがやれやれと言いたげな表情を浮かべ、 「あなたが抜かないなら私が抜いてもいいのよ?でもそうなったら、私は誰を刺すと思う?」  俺か?俺しかいないか。こんなことをするくらいだ。ヒトミはまだ俺のことを愛しているに違いない。  助けを求めるようにユウコを見た。ところが彼女は無表情のまま、 「今は修羅場なんだから、覚悟を決めたほうがいいわよ、ヒロユキさん」  なんてこった。女二人が手を組んでしまった。こうなったら抜くしかないのか。そうしないことにはこの地獄は終わらないのか。  仕方なくナイフを手に取った。左手で鞘を、右手で柄を握る。一度深呼吸してからゆっくりとそれを左右に引っ張った。  徐々に刀身が見えてきた。ゆらゆらと怪しく光を反射させる。  やがて刃渡り20センチほどのナイフが姿を現した。その瞬間、我知らず手からポロリと鞘が落ちた。  意識ははっきりしているのにどこか夢心地だ。体が自分のものではないように感じる。手が勝手に動き出す。  両手でナイフを握りなおした。それをゆっくりと振り上げ、勢いよく振り下ろす。
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