3F・画廊-4

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3F・画廊-4

 次に意識が覚醒した瞬間、目の前で重たく鈍い音を立てて、アリスの姿をした性用人形(セクサロイド)が倒れていくのを見ていた。全身隅々に行き渡る電気を感じる。視覚が行き渡り、聴覚が肌を走る。  目の前には全身真っ黒に塗られた男が、刀を振りかぶって襲い掛かる姿が見えた。考えるよりも一瞬早く――そんなことはあり得ない、思考から駆動までの時間差がほとんどない――右手に構えた槍を大きく振るって、刀を弾き飛ばした。足を踏み込み、穂先を構え、ひと呼吸に突き出す。男の眉間を貫いた槍に、断末魔の振動が伝わってきた。男は崩れ落ち、その場に倒れ伏す。今度こそ動かなくなった。  右腕が吹き飛ばされたアリスの義体を見た。文字通り、脳も入っていない、単なる人形と化したわけだ。目を閉じ、眠るように倒れるその顔は、妙にアスカに似ていて、とても嫌な気分になった。  それの着ている服から、五枚のカードキーを引っ張り出した。六枚目を探して、歩くたびに、がしゃん、がしゃんと重い音がする。この身体も、あの黒い男も、ただの義体に鎧をかぶせただけのハリボテ。疑似電脳の底にあった命令信号を回収・読解。これは、侵入者を物理的に排除するための機構。  青紫の「F」と書かれたカードキー。これを取ったことが引き金になって、僕に襲いかかってきたのだ。この義体を通して、フロアの、『宮殿(パレス)』のドメインに侵入できないかを試みたが、それはかなわなかった。この義体たちは、ひとつの命令だけを与えられた、独立(スタンドアローン)システムのようだった。  鎧がもともとあった場所に戻ると、厳重にそれらを封じていたはずのガラスケースは内側から叩き割られ、破片があちこちに散らばっていた。もぬけの殻だ。通路の突き当たりに閉ざされていたはずの白い扉が、半開きになっていた。押し開くと、そこは薄暗く、肌を刺すような冷気が漂っていた。  そこは一本道だった。絵画が飾られているわけでもなく、黒く冷たい壁がずっと、どこまでも伸びている。写真を現像するときに使うような、赤っぽい、不思議な色合いの照明が静かに灯っていた。一本道を歩いていくと、やがて行き止まりに辿り着く。  そこに、ガラスケースに飾られた、「0」が書かれた黒いカードキーが掛けられていた。右手をかざすと、青白い冷気を吹き出しながらケースが開く。  六枚目が手に入った。  黒い扉の前に立つ。六枚のカードキーを手に、デバイスに向き合う。  緑の「F」。  ピンクの「0」。  黄色の「F」。  くすんだ青の「F」。  青紫の「F」。  黒い「0」。    これらが色相暗号(カラーコード)を示していることは明らかだ。問題は六桁の組み合わせだが、恐らく、カードキー自体の色に、順列のヒントが隠れている。  色の薄い順番に上から重ねていく。  ピンク、黄色、緑、くすんだ青、青紫、黒。  浮かび上がるコードは、「0FFFF0」。シアンよりも、やや緑がかった青。六枚目のキーを挿入したとき、がちゃん、と重たい音を立てて黒い扉の鍵が外れた。  扉を開くと、そこは緑色の誘導灯が光る、狭苦しい空間が広がっていた。黒く塗りつぶされた、金属の手すりと足場、恐らく非常階段だ。下に伸びていくこの階段に、上へ向かう段はない。どうやら、この画廊は最上階に位置するもののようだ。  さっそく階段を下りて行こうとすると、手すりに何かがぶつかってバランスが崩れた。見ると、甲冑がつっかえて、このまま降りていくことができない。 「やれやれ……」  ほんとうに、義体ってやつは不便だ。
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