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「ただいま」
奥から、おかえりー、と声がする。
手洗いのため洗面所に直行し、リビングに行く。
「あれ?」
「何?」
「おかえり」の声の主は、ソファにぐでっと座って読んでいた本から目を上げて眉をひそめた。
「今朝までそこに付いてなかったっけ? 」
「何が」
「豚」
無駄に目敏い。
姉はほんの小さなころから、気付いて欲しくないと思ってることほどすぐに気が付く。上のきょうだいというものには、下がして欲しくないことを察知するセンサーでも付いているのか。
「売った。豚。」
隠しても仕方ないからさっさと吐く。
「は? 売ったぁ?!」
「うん」
「せっかく私が引き当てた、奇跡の豚なのに?!」
こういう、恩着せがましい言い方も姉は上手い。もっとも今回は姉の言う通りで、チョコのおまけの伝説レベルのラッキー豚を「来年受験だから、特別にあげる」と、親切めかして普通の豚と取り替えてくれたのだ。
「文化祭で売るもんなくなって、仕方なくて売った」
「あー……文化祭……」
そう。今学年の一大イベント、文化祭。
うちは三年生は文化祭に参加しないから、二年の今年が高校最後の文化祭だ。
俺らのクラスは各自が不用品を持ち寄ってフリマを開いた。店関係で儲けちゃいけないことになっているので、利益が出たら打ち上げと寄付に回される。
「まあ、あんたにあげたもんだから、どうしようがあんたの勝手だけど……」
姉にしては珍しく、あっさり許した。
学校は違うが、姉の高校も同じく三年は不参加というパターンだったので、今年の文化祭の重要性をよく知っている。
「そっか……そんなに売れたんだ」
「まあね」
まあね。よく売れたことは売れた。
「明日は、売るものあるの?」
「大丈夫、明日用の在庫も有るから。明日は一般入場が有るし」
「あ、そっか。今日は生徒と学内の関係者だけだもんね」
明日見に行こ、と呟くと、姉はまた本に目を落とした。
「……ん?」
「何?」
姉は読んでいたミステリーを置くと、考え込む様に眉根を寄せた。
「……今日品物が無くなったって、明日の在庫を出せたんじゃないの?」
姉はしばらく考えた末ぶつぶつと呟いたが、遅かった。リビングを出て二階に上がりかけていたので、残念ながら返事は出来ない。
実は、豚は仕方なく売ったのではない。
欲しいと言ってきた人間が他の奴なら、売らなかっただろう。
……明日の姉が、余計なことに気が付く能力を発揮しないでいてくれますように。
豚を手にした奴のきらきらした満面の笑みを思い出しながら、明日の自分の平穏を祈った。
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