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「あ、矢追先生」
生徒会室には、二年生の根室悠太君しかいなかった。
「珍しいわね、根室君一人なんて」
「一人じゃないっすよ。柴山先輩がちょっと席外してるんで」
確かに、よく見ると机の上に開いたままのノートパソコンが置いてある。ということは、あれは<副会長>かつ三年生の柴山紀子さんのだろう。
(他には、まだ誰も来てないみたいね)
今は学校祭の準備期間だから、放課後ずっと生徒会室に入り浸れるわけではない。たとえ会長や副会長であっても、クラスの出し物には何らかの形で参加しなければならない。
「根室君」
後ろから覗き見ると、生徒会ブログの更新をしていた。基本的にここでは寝てることが大半な根室君だが、珍しくちゃんと起きている。
「今日は調子が良いの?」
「えぇ、まぁ」
生徒会ブログの更新は、<書記>である彼の仕事だ。最終的なチェックは<広報>の蝉川巧君を通すものの、彼が言うにはほとんど修正点がなく、せいぜい誤字脱字のチェックをするくらいだそうだ。
普段の記録などは<会計>の原田幸太郎君が自分の仕事と兼任してくれているが、このブログの更新だけは、根室君がやっている。やらされているのではなく、彼自身の意思で。
「生徒会の方はどう? クラスの方は問題なさそうだけど」
「こっちも特に問題ないっすよ。授業中に寝させてもらってるんで、『いつも寝てる変な奴』で通せる程度で済んでます。末永先輩と原田がいろいろ根回ししてくれるんで、書記の仕事も滞りないですし」
「原田君も知ってるの?」
「えぇ。最近、書記の仕事を兼任してくれてるのは原田ですし」
「じゃあ……末永さんが卒業した後も安心ね」
「そうっすね」
根室君を生徒会にスカウトしたのは、もう一人の<副会長>かつ三年生の末永小百合さんだ。ぼんやりしているようで頭の回転が早く、何より、文章を書くことにも長けているというのが表向きの理由だ。
もちろん、嘘ではない。成績自体は中の上か下といったところだが、読書感想文や作文などは、毎年必ず何らかの賞をもらっている。部活動や学業と比べると地味で、表彰されることもないけど、文章力は生きていく上で必要なスキルだ。だからこそ、生徒会にスカウトする理由として自然に通ったのだ。
実際のところは、根室君が高校生活を滞りなく送れるようにと『眠れる場所』を提供してくれたのだった。
「……他のみんなには、やっぱり言わないつもり?」
「えぇ。不治の病ってわけでもないのに、変に気を遣われるのダルいっすし。二人に知られたのもたまたまなんで」
「そうなの?」
「発作を起こした現場に、二人がそれぞれ居合わせたもんですから」
キーボードを叩きながら答える根室君の口調は、まるで他人事のようだった。かえって、こっちが心配になってしまうくらいに。
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