第一話 川崎隼人と家出娘

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「月末だから忙しいの。隼人(はやと)くん、今日の当番よろしくね」と実に慌ただしい。  家族構成…は、一軒家に俺を含めた5人で暮らしていたが去年の末、一人が去って行き現在4人で暮らしている。  どいつもこいつも努力家の超人(ちょうじん)だらけで、デカいだけで凡人の俺は戸惑っている。 ――――――――☆☆☆―――――――― 「隼人(はやと)…今度はこいつを試してみてよ」  手に怪しげな機械をもって俺のところに来るコイツは神崎(かんざき)(いとし)20歳。  162センチのチビ助。愛と書いて[いとし]と読み、男である。  虚弱体質のマイペース。職についておらず、自称・発明家。いろいろなものを作っては見せられ毎回反応に困るものばかり。  常人では考えられないような超人的で攻めた思考のモノづくりをするため斬新で画期的なアイデアだが、受け入れられないことがほとんどである。  彼の研究費は…と言うと作品を売った金でやりくりしているらしいので収支がプラスになったら家庭に入れるべきだとは思っているがアイツの財政状態を俺は知らないので言えない。  カッコつけて『お前ら全員背負ってやるぜ』的体質があだとなって格好をつけた手前、もう言い出すこともないのだろう。  金をせびられたこともないので別に重荷になってるわけでもないから『別にいいか』と思いを殺している。  最近すごい発明だなと思ったのは【靴蒸れない君】…何かというと中敷き(ソール)で長時間はいても蒸れないよう調整されている俺も愛用の一品。  ひんやりと空気が出る。コイツを生み出した時は相応の対価をって思ったけど彼は金を受け取ることはなかった。愛曰く『ウィンウィンでしょ?』と。 ――――――――☆☆☆―――――――― 「じゃあ行ってくるけど、何か食べたい物ある?」   玄関先、OLみたいにブラウスに黒いスカートで俺に聞いてくる彼女…上杉(うえすぎ)紗耶香(さやか)   23歳163センチ。最年長、年の功。先天盲(せんてんもう)で生まれつき目が見えない。  花屋・グッドスメルに勤めており店長を任されるほどの仕事ぶりで盲目(もうもく)を感じさせない。  彼女曰く『花の香りが私に訴えかけてくれる』…だそうで。  花屋のオーナー(けっこう美人さん…)に話を伺っても『妹に欲しい』と可愛がってもらっておりお客さんにも店員にも愛される存在らしい。  勤め始めてから数日間、盲目や美貌を理由に嫉妬や嫌がらせやいじめを受けてないかと俺は電柱越しに彼女の事を見てて、それを見て怪しんだ警察官にストーカー扱いされたんだっけ、花屋の店先で…。  視覚を失った代わりにそれ以外の五感の機能が非常に優れており、杖なしの生活を可能にしている。  彼女も超人の域であろう。…世間一般で言ういわゆるナイスバディでもある。  多良木で出会った頃とは見違えるほどに変わった。…身体もだが、自分の気持ちを言える子になった。  何もなくても人に話しかけられる子になった。肝心なときに慌てふためく俺と違ってどっしりと構えた大人になった。  料理も掃除も洗濯も、家庭のことはすべて一流。和食に限らずレパートリーは豊富。花嫁修業なんて必要なく、気品もあるのでお見合い写真をよく送り付けられるらしく嫁の貰い手も多々あるようだ…   その際は目の見えない彼女に代わって俺がじっくり査定してやる…義兄(ぎけい)なんては名乗ってやるもんか。 ――――――――☆☆☆―――――――― 「…行ってきます」  紗耶香が家を出て数分後のこと、セーラー服に学生カバンの女の子が早々に家を出る。柏原(かしわばら)飛鳥(あすか)17歳165センチ。女子高生。西門区立(にしかどくりつ)梁井(やない)高校に通う三年生。  自分の子なら間違いなく孝行娘。進学校でありながら主席。今日は何でも、弓道部の主将として試合に出るらしい。  弓を引っ張る右腕だけが太くなるのが嫌だって言ってたな…。運動もできる文武両道さ。  才色兼備でまぎれもなく超人の域なのだが欲少なく、今どきの子らと一緒で将来の夢も持ち合わせていない…らしい。  前に聞いたら『…じゃあ、隼人さんの…お嫁さん』とはぐらかされた。  きっと他人が鬱陶しい年頃なのだろう。  前だったら『隼人さん、隼人さん』って俺の側くっついて歩いてたんだけど、バイトがしたいという彼女に『…小遣いが足りてないのか?』と聞くと『…もういい』とだけ。  紗耶香に相談したら『きっと彼女なりに家庭のことを考えて負担にならないようにしたかったんだよ』と言っていた。  思春期で親の心子知らずとか思ってたけど本当にいい子に育ってて涙がほろり。年上だらけの中、早く大人になろうといろんなことを勉強してたな。
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