第一話 川崎隼人と家出娘

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 学校のことはもちろん、政治に経済、宗教までを網羅した彼女に社会情勢をまるで分っていない俺は子供っぽいことを話して彼女に煙たがれた。  そこらへんは思春期特有のところもあるんだけど幼稚な話が嫌と言うか、年相応の話され方や話の内容が嫌なのだろう。  大人と同じように扱ってくれない大人たちが嫌なんだろう。年上の俺は自分の無知をひけらかしたくないだけなんだ…  ――――――――☆☆☆――――――――  東山(とうやま)玲奈(れいな)20歳。身長が女にしては大きく178センチある。この家で2番目にでかくてどんな時にもビシッとしてて司令塔のような存在だった。  男の俺が兄貴と慕いたいほどに冷静沈着。クールコアで隙がない。  表現は変だが相棒のように感じていた。今はどこにいるのやら置手紙もせずに去って行った。  玲奈もまた秀才で切れ者だった。これはマジで引かれがちな話なのだが俺は最近まで字が読めない文盲(ぶんもう)で、契約書に判を押すのは(もっぱ)ら彼女の仕事。  今の俺は書類をよく見るだけで恥ずかしながら飛鳥に最終チェックを任せてる。飛鳥は『もう、仕方ないですね』となんだか頼られて嬉しいのか馬鹿にしてるのか俺の気持ちは複雑…  話は逸れたが玲奈も色彩兼備の超人だった。コートが好きでダッフルコートを何着も持っていた。  若者に流行りのコーヒーショップ・レーザービーム(通称・レザビ)でグレープ社のノートパソコンを持って二人だけの家族会議に付き合わされたっけ。  あれでいてミーハーでスイーツに目がなかったな…   スイーツの店に一人では格好がつかないからと好んで食べない俺を連れていったな。  店員さんに『カップルですか?』なんて聞かれて俺は咄嗟に『違います』と返したら帰り道は口きいてくれなかった。  『…あの状況はカップルを装え』って怒られたのに関しては潜入捜査でもないので未だに意味わからん。  趣味に散歩とカメラがあってそれにもよく付き合わされたな… 動物とか小っちゃいサボテンとかラテアートとかカメラ女子にありがちな写真で面白みが無かった。  誕生日によさげな写真立て贈ったら『それは…ない』と。…一万五千円もしたのに。  荷物を全部置いて出て行った彼女の部屋は写真立てもダッフルコートもそのままになっている… ―――――  俺の仕事…  は、何をやってるか聞かれた時に一番困る。依頼を受けて仕事をする何でも屋…的な立ち位置なのだ。  猫探しから引っ越しの手伝い、ベビーシッターに警備員に欠員の穴埋めに… 大きく生んでくれた母ちゃんに感謝だよ。  帝和にやってきてすぐのこと、玲奈の愛読する【“探偵シャルバン・カノンの事件簿”】の影響から探偵っぽいことをやったのが始まり。  15の時か…『探偵業はお任せください』と書かれた白い旗を持って街に繰り出し『何でもやります、仕事をください』と。  名探偵シャルバンも初めは田舎のゴロツキで憧れの上京。右も左も分からず頼る相手もいない状態で仕事に困ったときに同じことをやったらしい…。  先に述べた通り俺たちは多良木の人間で、言ってしまえば存在の消された場所からここに来た。  不法入国者と何も変わらないので役所柄の手続きに困るんじゃないかと感じ取るのが至極真っ当のことだ。  …俺たちは本来ここにいちゃいけない存在だ。知り合いに助けてもらいながらここにいる。  過去の経歴も本籍も公的証明書までもが認められそれぞれに与えられた帝和育ちの人間としての証明書をもってここで暮らしている。  未だにどんなルートを使っているのかその知り合いは教えてはくれないし、広い視野でみられるようになった今もどんな仕組みなのか分からないが、助かっている(…それが不正だったとしても)  嘘もつき続ければ本当になるかのように、バレれば犯罪で禁固刑以上確定なのだがバレずに国が認可した今、堂々と暮らしていける。  犯罪者ではない俺たちの存在は、個・そのもの以外すべてが嘘で塗り固められている。  俺たちは家こそあったがアシもメシもなかった。寒さはしのげても空腹はしのげず最初の一週間は苦労したものだ。  多良木からこっちに移り住んで金もなく困ってた八日目、玲奈が大量にコンビニのパンを抱えてやってきたのだが、俺はどうしたのか聞けなかった… んでそれをもらって食べちまったし…。  たまたまヒットした初仕事で大枚を得てから今現在、行政的な話はちゃんと役所に通してある。  闇営業とかもってのほか、ちゃんと自由業として申請してるしシロ色申告で完全クリーンが証明なされてる。  玲奈が『税務署は怖い』とその辺のことはちゃんとしてくれた。俺はその辺がよく分からず、引き継ぎの際に困った。
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