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あ、危ない!
そう思った時はもう走り出していた。
線路へ投げ出される男の子の襟首を掴み抱き抱える。
子供ってこんなに重いの?!
驚きと共にホームに叩きつけられる体。
「君!大丈夫か?!」
スーツ姿の男性が駆け寄ってくる。
大丈夫だと伝えて腕の中の少年に呼びかけた。
怪我はないかと。
少年はわんわんと泣いている。
スーツの方にお礼を言い、駅員さんを呼んでもらう様にお願いする。
暫く待っていると、駅員さんがやってきたので駅長室へと通される。
「それで、状況を説明してもらえるかな?」
少年に優しく語りかける駅員さん。
お茶をもらい、少年は少しだけ落ち着きを取り戻しているがまだ話せる状況ではないだろう。
代わりに私が説明するとそれは怖かったねと、少年の頭を優しく撫でる。
だが、殺気を覚え少年を抱える。
咄嗟にパイプ椅子から勢いよく飛び跳ねる。
その瞬間、私達が座っていたパイプ椅子が木っ端微塵になってしまった。
駅員はと前を見据える。
彼は異形の物と化していた。
首がありえない方向にねじ曲がり、腕は鎌のようになってしまっている。
私はこの現象について一つ、心当たりがあった。
『話死(はなし)。』
有りもしない噂や特に怖い話が具現化する怪異。
私はそれらを狩る機関に所属している。
「お、お姉ちゃん…。」
涙目で縋る男の子を背に小声で指示を出す。
「いい、ボク。
私が肩を押したらドアに走り出して。
出来るだけ遠くに逃げて。
私は大丈夫。
さ、行って!」
言葉と共に少年の肩を押す。
彼は戸惑いつつ、走り出だした。
ペン型の端末を宙にかざし、日本刀を描く。
鎌が振り下ろされる瞬間、虚空から刀が生成される。
斬撃を間一髪防ぎ、後ずさる。
狭い駅長室、後はガラスの扉。
生憎、ここは地下道で平日の昼下がり。
人通りは愚か音が響くくらい静かだ。
「人の噂に蔓延る話死よ。
今ここで成敗してやる!」
刀を打ち鳴らし、壁を蹴る!
カマキリ駅員は器用に虫のように変化した足で壁を伝い、追いついてくる。
(このままじゃ拉致が開かない。
外へ出るべきか。)
一瞬の判断が命取りとなる。
そう、姉弟子に昨日教わったのに。
彼女が外へ出る算段をしている隙に鎌が足を引っ掛け投げ飛ばされる。
背中から壁ガラスを破り、外へ転が出た。
血や突き刺さるガラス片の痛みに意識を飛ばしてしまいたくなる。
私が気絶したらこの話死が世へと放たれることとなってしまう。
「…それだけは、絶対にさせない!」
一般人とは違い、私たちは多少のダメージを受けても戦える。
それこそが『話死対策部隊、ハナシ科。』
闘志を瞳に宿し、刀を構える。
大丈夫、手足は動く!
『譌ゥ縺乗ュサ縺ュ!』
話死は呪詛を撒き散らして攻撃を繰り出す。
右、左、左、右、右。
格ゲーのコマンドのように不規則な攻撃。
攻撃を避けながら私はこの長い長い廊下を後ずさっていく。
話死は私の持つ刀で切れば解決という物ではない。
ある程度、斬りつけて無力し、更に話死の元凶を供養。
これが話死を沈めるには一番手っ取り早く、正しい払い方だ。
(にしても私には強すぎる。)
いつもは低級の話死を相手取り、小遣い稼ぎをしていたのが仇となる。
高級の話死を相手取るには些か、力不足。
防戦一方の私。
『谿コ縺励※繧?k?∵ョコ縺励※繧?k?』
呪詛に耳を貸すな。
体が蝕まれる感覚と痛みに顔を歪ませながら、踏みとどまる。
こんな時に、彼女がいてくれたら。
バディを組んでいる先輩の顔が目に浮かぶ。
彼女が車で持ち堪える。
救援信号は刀と共に出した。
弱気を振り払うように刀を振るう。
奴の攻撃を注意深く観察し、わかった事がある。
話死には人間のような癖が一定多数あるのだ。
僅かながらこの、話死は右の攻撃はかなり大振りで左の攻撃は力こそ弱いが精密さがある。
要するに、こいつには人間の様に利き手があるという事だ。
(左の攻撃を防ぎ、右へ攻撃を集中したら或いは…。)
満身創痍、思考もまとまらない。
『縺ィ縺ゥ繧√□縲∵カ医∴縺ヲ縺励∪縺井ココ髢難シ。』
(来た!右の大振り!)
私はすかさず、下方から突きの姿勢を取る。
鎌が振り下ろされる瞬間、腕の関節を狙い刀を突き刺す!
『縺?℃縺√=縺√=縺√=縺√≠。』
苦しそうに呪詛を挙げ、沈黙するカマキリ駅員。
「勝負…あったわね。」
息を整え、スマホからある写真をかざして祝詞を唱える。
「噂から生まれし呪詛よ。
鎮まりたまえ。
かしこみ、かしこみ申す!」
パチンと何かが弾ける様な音が廊下に響き渡る。
カマキリ駅員はヘドロの様に溶け、黒い塊が残った。
私はそれを摘み上げ、暗い廊下を走り抜ける。
*
某カフェ店内。
黒髪のスーツ姿の女性がこめかみを抑えてため息をつく。
「またあの子は単騎で任務を遂行するとは…。」
スマホのSNSの救難メッセージと出現した話死の資料を照らし合わせる。
状況を把握した彼女は相棒のみを案じ、出る事に。
女性は飲みかけのコーヒーを横目に鞄を手に取り、会計へと向かう。
相棒である少女を救出するためだ。
通常、ハナシ科の任務はベテランとルーキーのツーマンセルで任務にあたるのが常。
だが、今回は不幸なことに相棒の少女が下校中の出来事だったのが悪い。
(戦闘能力はあっても、お勤めはきちんとできているかしら…。)
実力がある分、経験が少ないという不安。
場所は某駅の地下。
カツコツとヒールを打ち鳴らし足取り早く駅地下へと向かう。
スマホを取り出し、本部へ連絡を取る。
「澤上和子、これからN駅で発生した話死封じに合流する。
実行許可をお願いします室長。」
『許可する。
直ちに急行せよ。』
相変わらず無機質な声の室長だ。
N駅名物の金時計に視線を移す。
現実世界
話死がいるせいか時間が狂って秒針や時針がねじ曲がってグルグルと回っている。
「やっぱり、話死の元凶を見つけられていないみたいね。」
周りの人間は何事もない様に皆、日常を続けている。
この日常に一刻でも早く戻るために澤上は足を早め、懐から万年筆の端末を引き抜く。
万年筆は一丁の銃へと形を変える。
因みにこの対話死武器は通常の人には見えない文字の力をエネルギーに作られている物だ。
「さあ、お仕事よ。」
*
廊下から這い出ると相棒を見つけ、駆け寄る。
「澤上さん!
封印はしました。」
「優奈ちゃん。
また無茶をしたわね。」
謝り、話死の塊を見せる。
澤上さんは擦り切れている私の頬を撫でながら目線を合わせる。
「任務を遂行した判断力は評価しますがこんなにボロボロになっては元も子もないでしょ。
今回は勝てたけど救援が来なかった場合のことを考えていた?」
「えへへ、目の前の男の子を守らなきゃと思ったら勝手に体が動いていました。」
怒られるとわかっているが本心をいうと呆れられ、澤上さんは私から離れる。
「もっと自分の体を大切にしなさい。
あなたはまだ学生なのだから。」
「はぁい。」
返事もそこそこに話死を祓うため、二人は地下道へと再び戻る。
穴ぼこだらけの地下道はひんやりと冷えて何だか不気味だ。
話死はいないのにやけに空気がどんよりとしている。
「可笑しいわ、優奈ちゃん。
話死は一体だけだったのよね?」
澤上さんが確認を取るが私が交戦したのカマキリ駅員のみだ。
「その…筈ですけど。」
戸惑いながらも返事をする。
ピリつく空気。
人が全くいない暗く冷たい地下道。
殺気を覚えて澤上さんは銃を私は刀を構え直す。
『ひょっひょひょ。
そう構えなさんな。』
天井から蜘蛛の糸?
いや、違うコレは呪詛の糸だ!
そう判断し、斬りつける。
だが、その糸は鋼鉄のように硬く私の体を締め上げる!
「くっ、離せ!」
「優奈ちゃん!暴れちゃダメ!」
間一髪、糸を避けた澤上さんが蜘蛛の話死と対峙する。
知性を持っているということはかなり高級な敵だろう。
*
囚われの身の優奈ちゃんには悪いがこの高級な話死を倒さない限り、開放はないだろう。
狙いを定め、三発打ち込む。
『そんな攻撃が効くか小娘。』
「ええ、効くとは思ってはいない!」
相手が足で銃弾を防ごうとしたその隙に懐に潜り込む!
『ふっ、笑止、それで勝ったつもりか。』
「いいえ、貴方の負けよ話死。」
不敵な笑みを浮かべスマホである画像を表示させる。
それは祝詞の写経画像。
本物でなくとも、レプリカでさえ言霊は宿り、浄化の力を発揮する。
これはハナシ科の臨床実験で裏付けられた効果。
『ぬぅ!お、己測ったな!』
ふらつき、距離を取る蜘蛛の話死。
追撃をと銃口を向けるが黒い靄が話死を包み、消えていく。
「待ちなさい!」
『残念ながらあの方がお呼びだ。
お主らに構っていられるほど暇ではないのだ。
では、さらば。』
蜘蛛の話死が消失し、優奈ちゃんも自由の身となった。
「げほっげほっ…はぁはぁ。」
「大丈夫?立てる?」
彼女に急いで駆け寄ると涙目で顔を上げる。
「少し苦しかったけど問題ないです。」
蜘蛛の話死は上層部に報告するとして問題は封印した方だ。
手がかりとして駅員から変化した事とカマキリのような形に変化した事。
「優奈ちゃん、他には何か特徴的なことは?」
「確か…男の子が線路に投げ出されたところを助けた時に出会った駅員が話死でした。」
なる程、ホームに話死の『起源』があると見た。
*
優奈ちゃんを連れ、駅長に無理を言ってホームへ出る。
時間は終電近く人の気配はほぼない。
地下道のホームだが、ここまで静まり返るのは珍しい事だ。
いつもなら、終電待ちのサラリーマンやOLがちらほらいるはず。
なんらかの人払いの呪符が施されていると意識を集中させる。
(作為的な結界の中にこのカマキリの核があるのかも。)
瞳を閉じ、話死の根源を探る。
額から汗が流れ出て鬱陶しい。
「あの、迷惑じゃなければよかったら使ってください。」
優奈ちゃんが申し訳なさそうにハンカチを差し出してくる。
受け取って、汗を拭いた瞬間、話死の場所が鮮明に目蓋に写る。
「あった!自販機のゴミ箱!」
目を見開き、早足にホームの隅にある自販機に近寄ずく。
ゴミ箱は固定されていたが蓋は取り外し式になっている。
すえた臭いが鼻を刺す。
思わず吐きそうになり、口元を反対の手で抑えたが無くならない。
優奈ちゃんが心配そうにこちらを見るが疲れた顔の彼女に任せるわけには…。
「あの、澤上さん。
もしかしてこの中にあるのですか?」
ゴミに触ろうとする彼女の手を慌てて止める。
「ダメよ!
化膿したらどうするの!?
こういうのは私に任せて休んでいて。」
勢いで宣言はしたはいいものの私だって本当はゴミなんて触りたくない。
素手でゴミを漁る。
封印した石が反応する。
ゴミ箱の底にある、茶色の小汚い巾着袋のようなもの。
「…これは、カマキリの卵?」
底が割れており、孵化した後とわかる。
その残骸を拾い上げると封印石はより強い光を放ち、ある記憶を映した。
*
それは誰も知らない記憶。
ある駅員がゴミ箱に植え付けられていたカマキリの卵を保護することから始まる。
男は勤務先のロッカーに虫かごを設置し、飼育していた。
出勤し、かまきりの卵を観察するのが彼の日課となっていく。
そんなささやかな小さな幸せ。
だが、そんなささやかな幸せもある日突然終わりを告げてしまう。
大不況の末、人員削減に遭ったのだ。
一人、また一人同僚が肩を叩かれ辞めていく。
次は誰だ?次は自分だとビクビク怯える日々。
彼の心は次第に疲弊していく一方。
そんな最中、嬉しいこともあった。
かまきりの卵が孵って子が生まれていた。
虫かごいっぱいの子供達に駅員は嬉し涙を溢し、駅裏の森へと籠を持っていく。
いくら彼が昆虫好きといえど、こんな数百匹もカマキリを飼える事はできないと判断したからだ。
「ごめんな、元気で。」
切ない顔で虫かごを開け、子供たちを解放していく。
カマキリを解放した後、事件は起こった。
駅長に呼び出される彼。
重々しい空気の中、切り出された解雇通告。
「…我々も苦渋の決断だ。
わかって、くれるね?」
わかりませんとは言えなかった。
彼にも駅長にも生活はある。
だが、突如訪れた不況に誰しもが困窮するのは仕方のない事。
「…わかり、ました。」
煮湯を飲み込み、苦々しい顔で立ち去っていく。
そして彼は自暴自棄に陥り、その足で線路の向こう側へと消えていく。
その彼の死が保護したカマキリと融合し、噂となったのだ。
駅長室に出るカマキリ男の噂が。
優奈と澤上はその光景に絶句し、青ざめる。
「…まさか、こんな悲しい結末だったなんて。」
「優奈ちゃん、哀れんじゃだめよ。
噂に呑まれるわ。
さ、起原もわかったことだし、お勤めを終わらせましょう。」
淡々と澤上はホームにカマキリ男を封印した石を線路に投げ込み手を合わせる。
『噂と結びついた悪しきものよ。
どうか安らかに鎮まりたまえ。
かしこみ、かしこみ申す。』
柏を打ち、場を清める。
二人とも武装解除し、肩の力を抜いた。
「二度の目の任務完遂おめでとう。」
澤上は優しい表情で優奈の頭を撫でる。
「えへへ、嬉しいです。」
「それじゃあ、反省会も兼ねて私の家に来る?」
「行きます!」
家路に着く二人を月明かりが照らしていた。
*
『それで、何故逃げ帰った?』
壺から禍々しい気配を感じ、蜘蛛の話死は身を固める。
『申し訳ありません。きゅ、急な呼び出しだったもので…。』
壺の主人は機嫌をより悪くし、声を荒げる。
『言い訳はいい!
呼び出しの前に決着をつけるのは当たり前のことであろう。
貴様、次はないと思え。』
人間と話死の蔓延る世界。
その一端はここで終わるが続くかは風の便りを心待ちにしている読者君たちの声に賭けよう。
【END】
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