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少年時代に夢中になった正義のヒーローはなぜ仮面をかぶっているのか。
アメリカンコミックのヒーローも、特撮ヒーローも、あげくにはタイガーマスクを名乗る現実の世界を生きるいい人も。
それが人並み外れた能力を手にしたことを示す変身だとるすなら、オレはこの仮面を手にしてどんな能力を身につけたのだろうか――。
よし、かっこいい背景を作るために部屋を片付けようと思い立ったのはつい三日前のことだった。
こんなご時世だから、飲み会とかゲームとかビデオ通話を使って室内をさらす機会が増えている。
物という物がただひたすらに積み上げられているだけの空間で、こぢんまりと缶ビールを飲んでいる自分の姿が画面の隅っこに映っているのを見て、さすがにこれでモテようだなんて、自分の容姿を鑑みるに、ハードルが高すぎるってもんだ。
暇なことも相まって普段は無視し続けていた物体の山と対峙することになったのだった。
学生になってひとり暮らしを始めて3年。
よくもまぁ、ここまで物をため込んだものだ。
捨てるには忍びない物がたくさんあって、オレには断捨離は無理だとあきらめかけたが、少しでも金になるならとフリマアプリで出品してみることにした。
写真を撮って投稿する。
あれも、これもと、なってくると、捨てるものがほとんどなくて、結局売れるまでここに置いておくしかなく、片付いていなかった。
ため息交じりに自分が出品した物をスマホで確認していく。
すると、新規出品物の並びに懐かしい仮面が掲載されていた。
そうそう、『仮面ファイターペルソナ』だ。
小さい頃によく見ていた特撮ヒーローものだ。
懐かしさについタップしてしまっていた。
『等身大のデスマスカレードの鉄仮面とマントのセットです』
ペルソナの敵対役となっていたのがデスマスカレードで、中世の騎士がかぶっているようなマスクに角が生えている鉄仮面をかぶっていた。
長身だが体の線が細く、マスクからはみ出た長い髪と、男性と女性の声をミックスさせた声色もあって、デスマスカレードの正体は女だと、クラスの間で話題になっていたが、初回からちゃんと見ていたら男性が変身したのだとわかるのだが、不思議と初回と最終回は見逃しがちだった。
何年か前にバラエティー番組でデスマスカレード役の俳優が当時を回想していた。
素顔を出せたのは1回目と最終回の放送だけで、あとはずっと仮面をかぶったままだった。
仮面をかぶると外せないという設定で、得体の知れないキャラを演出するために、素顔が出ている初回のシーンの回想も入れることがなかったという。
今やドラマに映画にCMにと、大活躍のイケメン俳優が仮面を付けての出演とはもったいないとSNSでも話題になっていた。
当時、ソフビ人形を買ってもらった覚えはあったが、こんなグッズまで売っていたとは知らなかった。
どちらかといえば大人向けのグッズだろうか。
『仮面の素材は錫。重さは6.8kg』
結構な重さだ。
ハロウィンのときに量販店で買ってくるようなチープなものではなさそう。
値段は3000円。
これが安いかどうなのか、判断に悩むところだったが、自分が出品したものが売れたつもりになってつい買ってしまったのだった。
届いてみれば結構大きな箱に入っていた。
部屋に持ち込んで若干途方に暮れる。
あれからなにも売れていなかった。
また荷物が増えてしまう。
コレクターなら現状保存だろうが、とりわけ目的もないのでとりあえずかぶってみる。
こめかみで突っかかるが、ここで諦めるわけにもいかない。
入り口を目一杯広げて頭を押し込んだ。
フルフェイスの鉄仮面だ。
視野が狭い。
片付いていない物体の山に足を取られながらスマホを探し出して、インカメラで自分の姿を確認してみる。
襟足の毛がちょこっと出ているだけで、再現度が100%にはならず、しまったと思ったがまぁいい。
3000円くらいの話題にはなるかと自撮りしてSNSに投稿した。
『何で今さらデスマスカレード』
『髪切った?』
『暇すぎね?』
『イケメン誕生の瞬間が見られるのか』
『デスマスカレードの周知率!』
『悪に代わってお仕置きよ』
『いや、それ微妙に違うから』
次々と反応が返ってきて、久々に話題の中心になれたなと悦に浸っていたら、いつの間にかヒーロー大喜利が始まっていた。
仕方ない。
オレたちはもう少年ではなかった。
いつのころからか正義というのが嘘くさく見えてくるようになってしまった。
そうか。偽善者に見られないためのタイガーマスクなのか。
タイガーマスクは布だからいいけれど、この仮面は重すぎた。
スマホを覗き込むためにちょっと頭を傾けると、重力の赴くまま頭が落下してしまいそうになり、首筋が痛くなってきた。
仮面を両手で挟み、持ち上げようとしたが、まったく外れない。
首元の入り口に指を突っ込んで引っ張り上げても、固定されたように動かなかった。
「マジか」
焦って仮面を揺さぶりながら外そうとしたら、船酔いしたみたいにグロッキーになっただけだった。
頭が重くなって座っていられず、仰向けになって引っ張るも、どうにもならない。
なにか、外せる仕掛けでもあるのだろうか。
出品者にメッセージで尋ねてみることにした。
『さっき荷物を受け取りました。ありがとうございました。さっそく仮面をかぶってみたのですが、外せなくなってしまいました。外せる方法ってなにかあるんですか?』
すると、すぐに返事がきた。
『商品説明を読まなかったんですか。装着しないでくださいって、書いてますよね』
確かに説明欄に記載はしてある。
一度装着したが最後。心が暗黒面におかされて仮面が外せなくなる。仮面は決して装着してはならぬ――と。
だが、それってドラマの設定の話しではなかったのか。
そのようにメッセージを送ったら輪をかけて馬鹿げたメッセージが届いた。
『最終回でデスマスカレードが仮面を外せたのは、仮面ファイターペルソナと1年間戦い続けてきたからです。ペルソナの正義に心を揺さぶられ、膝をついたとき、ペルソナがツノをつかんで引っ張り、仮面が外れたのです。もし、仮面が外せる可能性があるのだとするならば、ペルソナを演じてくれる人を見つけることです』
そして1つの商品を勧められた。
仮面ファイターペルソナの変身ブレスレット――3万円だった。
なんてことだ。
ここでブリキも切れるノコギリを紹介されたら購入も辞さないところだが、よりにもよって変身ブレスレットだ。
正義のヒーローと戦うよりも前にぐったりと疲れ切っていると、SNSのメッセージを知らせる音が鳴った。
『腹減った。誰かメシ食いに行かない?』
たしかに、腹が減った。
だが、こんな仮面をかぶって出かけるわけにもいかない。
『俺、もうマスクがこれしかなくて行かれない』
メッセージを投稿すると反応が返ってきた。
『なら仕方ないwww』
『それでゴミ捨て行ってこい』
ちょっと前に恐竜の縫いぐるみを着てゴミを捨てに行ってるヤツがいて話題になっていたが、オレにそんな勇気はない。
人の目が気になるどころか、いまや人の目であふれるほど人の往来がある。
仮面というのは自分を隠してはいるが逆に目立つ。
ひょっとしてヒーローは目立つために仮面をかぶるのか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
こんな茶化しを返してくる友人に、仮面ファイターペルソナ役を演じてオレのマスクを外してくれなんていえるもんか。
しかも1年も。
そりゃあ髪の毛だって伸びるはずだ。
もうちょっと冷静になって考えよう。
オレはまだ暗黒面には落ちていない。
三日間絶食したら頬がこけて抜けやすくなるかも。
そう考えると空腹が耐えられなくなった。
次からだ。絶食は次から。
カップラーメンを作るためにお湯を沸かした。
それが、悪夢の始まりだった――。
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