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汽車にひたすら揺られ、ヒルベリーに到着する頃には日がすっかり傾いてしまったけれど、絵の具工房は親切な町の人のおかげですぐに見つかった。
十年ほど前にセーブルが引退し、今は弟子のルーセントが店主を務めているらしい。
「あの無愛想のままだとしたら、お店は大丈夫かしら?」
「先代のセーブルさんは人当たりが良い人だったものね」
姉妹で好き勝手言いながら目抜き通りを進む。職人たちの暮らす町は見たことのない珍しい店もたくさんあって、ただ歩いているだけでも楽しい。
しばらくして、教えてもらった工房の外観が見えてきた。私たちは示し合わせたように、そっと物陰から店の中を観察する。
お客さんと思われるひょろりと背の高い青年が、紙袋を抱えながら去っていった。一瞬見せのドアが開いたが、中の様子はよくわからない。
あまり長居はできないなと考えていたところ、灰色の髪の男性が店の外に出てきた。面影はあまりないけれど、眉間のシワでルーセントだとすぐにわかった。少年の時よりシワがずっと様になっている。
ミーナと目が合うと、二人でくすくすと笑った。
「相変わらず無愛想そうね」
ルーセントが渋い顔で店の奥に声をかけると、麦わら色の髪の少女が小走りで駆け寄ってきた。店を早めに閉めて二人でどこかへ行くらしい。
歳を重ね職人としての厳しさが加わったルーセントは、一見近寄りがたい。
しかし、少女を見下ろすルーセントの眼差しがかつてのセーブルと重なる。私にはそんな風に見えた。
気のせいかと思ったけれど、隣に佇むミーナも同じ事を思っていたようだ。ぽかんと口を開けて彼らを見ていた。姉妹でふたたび顔を合わせくすくすと笑う。
「でも、きっと大丈夫ね」
急に霞がかっていた少女の頃の記憶が、色鮮かやに蘇ってきた。
麦わら髪の少女と、かつての自分が重ったせいかもしれない。
この『青い花』をルーセントは覚えているだろうか。明日になったらミーナと一緒に工房を訪ねてみよう。
今度はちゃんと憶えておこう。扉のむこうへ冒険したあの頃の話を――
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