二話 実情

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二話 実情

ここ数年、自分の働く会社での労働条件に不安があった。採用されたのは8年前、その当時は羽振りが良かったが、何社かの取引先との契約が突然解消され、苦しい状況に傾いたと聞いている。私だけが、出勤日数を週2日まで減らされ、まるで女中とでも言わんばかりの、バカにしたような扱いをされ始めたのは、4年ほど前からだ。週二回の出勤日を言い渡しておきながら、他の職場との掛け持ちを禁止すると言う社長へ、私はこの頃から不信感を持ち始めた。こんな生活がもう4年は続いている。心に与えるストレスも親にかける迷惑も限界に近かった。 私は、未経験で今の会社に採用された。初めて社長に会った時の事をよく覚えている。70代前半の女性社長、ファッション製作のデザイナーだ。底抜けに格好良い女性だと思った。 私の勤める会社は、あらゆる衣類のデザインと製作を、何社かのメーカーから請け負っている衣類の企画製作会社だ。私は昔から、衣類製作にとても興味があった。何度かの転職を繰り返し、やっと、やりたい仕事に出会えた気持ちだった。 私は書類選考を通過して採用面接へ進んだ。 「この業界を経験したことのない、未経験の人を探していたのです。私が求める人材は、この業界に未経験であることが何よりも重要なのです。」 社長の言葉だった。何も知らない私は、その言葉を素直に受け止めた。その時は。社員10名にも満たない小さな会社と私の出会いだった。 私の名前は富永遙香、当時私はアラサー、パート契約としての採用面接だった。 ファッション界とあって、イメージは華やかに見えるが、細かい根気の要る作業の繰り返しで、華やかさとは程遠く根性の要る世界である。表ではファッショナブルで、涼し気に笑っているように見えても、裏では人をなぎ倒してでも自分がのし上がってやろうという気持ちが渦巻いている世界だ。私はそんな世界に飛び込だ。何も知らないが故に。 「おはようございます。」 採用された私は出勤する。初めての仕事を必死で覚え、失敗もしながら一生懸命前に進んだ。衣類をデザインすること、デザイン画を描くこと、型紙を作ること(パターンメイキング)、生地をカットすること(裁断)や、生地を染めること、生地をミシンで縫って衣類を立体的にしていくこと(縫製)、1着当たりにどのくらいの材料が必要なのかを計算し見積りを作成し、提案した衣類をメーカーと共に検討し修正していく、その繰り返し。業界初心者の私は、その端々の作業を担当するアシスタントとしてスタートした。雑用も次々とこなした。私の上司もデザインをしながら、多くの雑用をこなした。縫製スタッフもそう、人数の少ない中で会社をやりくりするには、進んで雑用をこなしていかないと追いつかないのである。 実際私はファッションが好きだった。右も左も分からなくても、この会社に入れたことは嬉しかった。一番やりたかったのは、縫製だ。
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