五話 気づき

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五話 気づき

 購入したパソコンのセットアップが始まっている。あの時の店員のほほえみの意味が分かるようになるのは、もっと後になってからだけど。  「アナタノジンセイノモクヒョウハナンデスカ?」 セットアップが始まったパソコンの画面は、まだこの画面を表示している。打ち込まなければ先へ進めないようだ。取扱説明書通りの表示でない場合もありますとは、このことなのか?そんなことを考えながら、画面に写し出されている質問に答えようとしている。 「私の人生の目標って何なのだろう?」 何歳でも、夢はあった。色んな理想の自分があったけど、何一つ叶えられてはいない。理想と現実のギャップが大きすぎて、落ち込みながら人生を歩んできたようなものだ。本当に自分が望んでいる人生を送りたいと心から思う。ずっと思ってきたことは、人のためになりたいと思ってきたこと。人を笑顔にさせたい、元気になってもらいたい、そんな気持ちがあっても現実はどうだっただろう。人のためを考える余裕はなかった。社会に認めてもらえるかを気にして生きていた私の生き方は、人のためではなく、自分のためでしかなかったかもしれない。家族の中でさえ、私は自分のことしか考えてなかったのではないか。そんなことを気づかされた。 「幸せになりたい」 つぶやいた。 「結婚して、子供がいて、親兄弟が元気でいてくれて。さらに自分しかできない仕事を持って、それが世の中の人のためになる生き方をしていきたい。」 これだ、私はそう生きたいのだ。自分にしかできないことは、やっぱり衣類の製作と頭にイメージして、パソコンに向かって打ち込んだ。画面は一度真っ暗になり、しばらく待っていると再び何かを表示した。 「ソノモクヒョウハタッセイシマシタカ?Y:Yes N:no」 もちろん、Noだ。「N」を押す。 「タッセイスルニハナニガヒツヨウデスカ?」 何が必要だろうか。いつのときも、達成する気持ちで歩んできたつもりだったけど、達成とは程遠い結果に。達成するために技術をたくさん身に付けて、その技術を使って仕事もして実績も積んでいるはずなのに。 「技術と実績・・・かな?」 そう思いながら、まず「技術」と打ち込んでみる。すると画面の真ん中に矢印が丸い円を描いてクルクル回り出した。次の画面に移動するのだろうと思って待っていた。 しばらく経って画面に現れたのは、 「アト9カイニュウリョクデキマス. サラニツヅキヲニュウリョクシテクダサイ. タッセイスルニハナニガヒツヨウデスカ?」 だった。 「えー?続きって体どういうこと?しかも後9回しか入力できないって?!」 まあ良い、やっぱり実績だな。これでいけるだろう。そう確信して打ち込む。先ほどと同じように、画面の真ん中に円を描く矢印が現れ・・・そんなに心配していなかったが、次に現れた画面も同じだった。 「アト8カイニュウリョクデキマス. サラニツヅキヲニュウリョクシテクダサイ. タッセイスルニハナニガヒツヨウデスカ?」 だめだった。技術と実績だけだめなのか。あと8回しかない。心からやりたいと仕事、人のためになる仕事、そんな生き方をしていくためには・・・。自分のやりたいことくらい自分で分かる。人のためになる仕事をするために、何が必要なのだろう。 頭に思い浮かぶ言葉全て打ち込んだ。「人脈」「資金」「IQ」「センス」「才能」「経験者のアドバイス?」・・・・ 打ち込んでも、打ち込んでも、「ツヅキヲニュウリョクシテクダサイ」だった。もういい加減考えるのも疲れてしまって、答えも出てこなくなった。 この質問を通らなければ前に進めない、セットアップができない、しかもチャンスはあと2回しかない。どうしよう・・・。確実に焦っていた。 ふと思う。この状況、自分に似てる。進めない自分、考えることに疲れてボーッとして、笑うことすら忘れてる。質問の答え思い返せば、技術とか実績とか、資金とか人脈とか、他にもいろいろ打ち込んだけど、それがあれば独立できると思ってた。今でも不安があるどこかで失敗するんじゃないかって。踏み出すのは自分しかいないんだけど、一歩を踏み出すのが怖い。悩みに悩んでいた。打ち込めるのはあと2回。ぜんぜん答えが見つからなかった。考えて考えて考えまくったその結果、たどり着くのは白紙の答え。その繰り返しが何度も続き、頭と心は疲れきり、笑顔は消え去っていた。 しばらくパソコンの前を離れることにした。疲れた。私は窓を開けてベランダに出て外の空気を吸った。外の景色を見て気分転換のつもりだった。そして、コンビニに行った。 「甘いものでも食べるか・・・」 帰り道は、なぜか遠回りして帰ろうとする自分がいた。帰りたくなかった。答えても答えても前に進めないあのパソコンのセットアップに嫌気が差していた。通りがかった公園のベンチにとりあえず座り、先ほど買ったコンビニスイーツを食べながら呟く。 「人のためになる仕事をするなんて、こんな自分じゃ無理だな。本当に独立なんてできるのかな。」 ため息とともに自信がない。公園のベンチから足が動かない。現実から逃げたい気分。 気が付くと数時間経っていた。帰らないわけには行かないし、夜の時間が迫っていた。人生が嫌になってきた。 「せっかく買ったパソコン、返す?」 そう問いかけてみる。パソコンを買った時の店員を思い出し、 「あの店員、お勧めって言ってたけど、一体何がお勧めだというのよ。」 そう言いながら、進めない自分の情けなさを感じていた。そんな時、携帯電話が鳴る。父からだった。 「遥香、なにしてるの?」 「お父さん、今日の体調はどう?」 「今日は調子が良いわ。8000歩歩いたで。」 父の退院後、こんな会話がしょっちゅうだった。元気な父でも、少し体調を崩した父でも、父の声を聞くと気持ちが和らぐ。母の声をも同じだ。ずっと迷惑をかけ続けてきた両親を助けなきゃ。 次の瞬間、目が覚めた。何のためにパソコンを買ったのか。父と母のためにこのパソコンが必要なんだ。前に進まなければ。誰に頼るでもなく、技術や知識を身に付けてきたじゃないか。思い出した。忘れるほど落ち込んでいた。でも怖かった、打ち込む答えが永遠に前に進めなかったらと思うと。だけど私が止まってちゃ何も進まない。新しい気持ちが、沸き上がったようだった。 父の電話を切り、私は早くパソコンの前に戻りたくなった。思い描く生き方をしていくのも自分、しないのも自分。「自分次第」ってことなのか?  走って帰った私は、パソコンに打ち込む。画面の表示は・・・ 「アト1カイニュウリョクデキマス. サラニツヅキヲニュウリョクシテクダサイ. タッセイスルニハナニガヒツヨウデスカ?」 だった。違ったか・・・。次が最後のチャンス。進むのは自分しかいない、落ち込んでも落ち込まなくても自分しかいないんだ。そう思った次の瞬間、また気づいた。 人のためになる仕事で、自分がこんなに落ち込んでいては、できるわけない。どうすれば良い? 「笑う?そうか、せめて自分だけでも笑わなきゃ。何があっても笑わなきゃ。」 「笑顔」 そうパソコンに打ち込んだ。しばらくして画面は・・・?! 疲れ切っていたのか、次の瞬間、私はひどい眠気に襲われた。目を開けていられないくらい眠たくて、夢を見ていたのか、現実の世界だったのか、よくわからないけれど、画面にはこんな表示が表れていた。 「イチドカギリノパスワードヲニュウリョクシテクダサイ.ソノゴY:Yesヲオシテクダサイ.」 一度限り?まあ良いかと思い、私は一度限りのパスワードを入力した。 「●●●●」 そして、Yを押した。  すると、パソコンの画面に現れたのは、 「オメデトウゴザイマス.キットデキマス.」 と言う文章が表示されて、画面が消えた。これからの私に必要なパソコンは、これからの私に必要なことを教えてくれた気がした。 目を覚ました私は、パソコンの前に横になっていた。 「寝てたんだ私。」 ボーっとしていたが、 「はっ!パソコンのセットアップの途中だったんだ!」 画面を確認すると・・・ 「セットアップヲハジメマス.」
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