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秋の日暮れに降る雪は(エピソード完結)
(1)
「……あ、アッ、いいよ、イイよ……エミリっ」
切羽詰まって震える声が、塩ビシート張りの床に響いた。
まごうことなく成人男性の……ただし、完全に裏返っていて、どうにも情けない様子の声だ。
男の喘ぎの合間を埋めるように、「ずちゃずちゃずちゃ」と粘度のある摩擦音が続く。
そして、臭気とホルムアルデヒドを逃がす自動排気のモーター音。
俺の目の前で、立ったまま、へこへこと懸命に腰を振っているのは、整った顔立ちのスーツ姿の男だ。
背の高いソイツは、もちろん脚も長いから、ちゃんと解剖台の上まで腰が届いていやがる。
――おおよそ、十三、四ってところか。
俺は、ステンレス台の上に横たわる少女の年齢を、そんな風に想像する。
そして、「ちょっとハーフっぽい感じだな」と思った。
髪色が淡いからだろうか。
だが、別にマジマジと、しっかり見ちゃいねぇし。
本当にハーフなのかは分からない。
色白ではあるが、それはまあ、死体だからだ。
手にしたボックスの蓋を押し開け、三本目の「メビウス」を抜き取る。
咥えタバコの先に火を回して、ひと口目をゆっくりと吸い込み、吐き出した。
目にしみる煙越しに、俺は、少女の両足首を掴み股をおっぴろげさせ、ピストンしまくっている男――津守の腰を眺めやった。
どういう「ツテ」があるのかは知らん。
だが津守は、この大学の安置所に「自分好み」の死体が搬入されると、ここへ来て「ヤル」のだ。
そう。
屍姦だけならまだしも、重ねてコイツは「ロリコン」だ。
「ド変態」という罵倒でも生易しい。
「クズ」だ。「ゴミ」以下だ。
人として終わっている。っていうか、もうダメだろ、こんなヤツ。生きてたら。
まあな。
だいたい、まだ若いのに「元」警察官だなんて。
なんかけったいな「理由」があって辞めてるモンだと相場が決まってる。
「ダイジョウブ、大丈夫だよ、エミリぃ……お兄ちゃん、ちゃんと着けてるから。イっても、赤ちゃん、できないからっ」
いやいや、待て待て。
そもそもできねぇよ、「赤ちゃん」とかできるか、バカ。
っていうか、着けないで死体に挿入とか、ありえねぇだろ。
もげるぞ、マジで……。
津守の妄想は、いつも完全に同じだ。
犯す相手は「妹」で、名前は「エミリ」。
そして、津守の長い手指にガッチリと捉えられた小さな足首には、いつもの靴下。
それはもはや、いつ買ったんだか分からんような古い古い靴下で。
たぶん、百均とかの安物の。
何度も洗濯を繰り返し、劣化してくすんで、もうつま先に穴も開いている代物を、津守はいつもいつも、死体の足に履かせる。
……ってか、よく挿るよな。
死んでても、オ ンコは広がるモンなんだろうか。
俺は、フィルターギリギリまで吸い尽くしたメビウスを、履いているジーンズの尻ポケットにねじ込んだ。
賢い学生さんたちの勉強のため、尊い遺志で献体されてるってのにな。
まさかその前に、こんなクズ男に犯されるなどとは、関係者も思いもしなかったろうて。
まあ、本人は死んじまってるワケだし、もう何も分からないのが救いっちゃ救いだな……。
しみじみと物思いに耽っていると、津守が「アンアン」と嬌声を上げ始めた。
「きもちいいっ!! いいよ、エミリぃ……っ!」
――ったく。
「うっせぇぞ! 津守。オマエ、声デケェんだよ。ちっとは『ひと目』ってものをハバカリやがれ!」と、俺は堪らず叱り飛ばす。
そもそもなんで、俺が死体置き場につっ立ってなきゃナンねえのかって。
それは「見張り」のためだ。
万一、誰かが来たりしちゃ目も当てらんねぇコトになる。
一応、コイツは、俺の探偵事務所の「所員」ってことになってるから。
「コト」が露見すりゃ、コッチにも色々、火の粉が飛んできやがるんだ。しゃあねえだろうが。
俺の怒声に、一瞬だけ声を抑えたものの、津守はまた、大音量でよがり出す。
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