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駅から手に握っていたスマホに力をこめて、音もなく揺れるだけの鈴に文句を垂れる。
そうこうしているうちに、亀戸天神社が視界に入った。
助かった。私は無意識に歩調を早める。
昨夜気が付いたのだけど、この謎の気配は決まって亀戸天神社で消える。
神社だから、神様の力とか?
何はともあれ、ここに辿り着けば解放されるという事実が、今の私には何よりの救いだった。
「もう少し……っ」
もはや駆け足と化した私のヒール音だけが、ほの暗い夜道に確実な存在を響かせる。
階段上に佇む、立派な朱塗りの鳥居。
その前に差し掛かかると、思っていた通り、すっと気配が消えた。
(……やっぱり)
疲れた、と安堵の息をつき緊張を解いた私は、一度立ち止まって乱れた呼吸を整えようとした。
途端――。
「……おい」
「!?」
深い藍色に染まった路地に、突如響いた低い声。
驚きに顔を跳ね上げると、鳥居の足下に腰掛けていたらしい人影がゆらりと立ち上がった。
……男、の人。
夜よりも濃い、黒色の着物と髪。
少し長い前髪は目にかかっていて、ぼんやりと浮かぶ顔面に月明りの影を落としている。
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