『姿の見えないストーカー』に追われています

32/32
前へ
/321ページ
次へ
 涙の滲んだ恨みがましい目で私を睨み上げ、高倉さんはさっと踵を返して出て行ってしまった。  絨毯を走るくぐもったヒール音が、遠ざかっていく。  ふと、視線を上げると、鏡の中には取り残された私の姿。 「……私の顔があれば、ねえ」  これまで何回、この言葉を聞いたっけ。数えるのも、めんどくさい。  私はそっと鏡に手を伸ばして、こちらを見つめる頬に触れた。冷たい。  他人は皆、いろいろな言葉でこの顔を称賛して羨むけれど、それはこの顔であるが故の苦労を知らないから、気軽に言えるんだと思う。  この顔を世界で一番愛しているのは、私。  でも同じだけ、憎んでもいる。  きっとこの、相反する葛藤を、他の人は理解しない。 「……そんなに"顔"を変えたいのなら、整形でもすればいいのに」  その覚悟すらないのなら、"もしも私の顔だったら"なんて絵空事、いくら唱えようが無駄ってものだ。 「……今日はローズアロマの入浴剤いれよっかな」  疲れた顔。かわいくない。こんなんじゃテンション駄々下がり。  うん、決めた。今日は美味しいご飯を食べてから帰ろう。 「……あと五分したら、戻ろっかな」  どうか諦めて帰ってくれていますように。  そう願いながら、私は鏡に映る"私"とディナーの相談を始めた。
/321ページ

最初のコメントを投稿しよう!

404人が本棚に入れています
本棚に追加