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「……そう、お顔。とても美しくて、愛らしいお顔」
氷を滑るビー玉みたいに、薄く澄んだ声。
けれど"声"のはずなのに、空間を通して届いるというよりは、直接鼓膜に響いているような違和感がある。
俯く女はカラリと下駄を鳴らして、一歩一歩、近づいてきた。
「そのお顔は数多のお相手を魅了するのでしょう? そのお顔があれば、もう、悲しむことなんてない」
まるで、金縛り。
直感が危険信号をこれでもかと鳴らすのに、硬直する身体は動かない。
(まずいまずいまずいってこれ……っ!)
逃げなきゃ、逃げないと――!
「……私のお願い、きいてはくださいませんか」
気付けば眼前まで迫っていた女が、妙に白い指で私の頬をするりと撫でた。
伏せられていた顔が上がる。
「――貴女様のお顔を、私に貸してくださいな」
「きっ……!」
ぬっと向けられた"顔"のない面に、悲鳴が洩れる。はずだった。
私の声がご近所の平和な夜を一変しなかったのは、音をせき止めるようにして"なにか"が私の口を塞いだから。
手、だ。どうして、誰の?
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