商品完成

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 ある土曜日の深夜。  アパートの一室。  ベッドの上、ほぼ裸同然の姿でカナコとヨウスケがだらりと横になっている。  ヨウスケが煙草に火を着けると、カナコはそれを嫌がってベッドの外に頭を出した。 「ん?ヨウスケ、このダンボールなぁに?」  カナコはその滑つく脚でヨウスケを跳ね除け、スルリとベッドから抜け出した。 「あ。私へのプレゼントでしょ!悪いねえ」  「んー?」ヨウスケが髪を掻き揚げて顔を上げると、すでにカナコは床にしゃがみ込み、そこらに放り出してあったダンボールをバリバリと開封し始めていた。  あーあ、家主の返事も聞かずに勝手に開けちゃって。それも全裸で。そういう所も少女っぽくてカワイイんだけどもうちょっと落ち着いてくれたらなぁ。  そんな事を呑気に考えていたヨウスケだったが、そのダンボールが今日の昼間、例の通販サイトから届いた品物であることを思い出し、慌ててカナコから箱を取り上げる。 「あっ!ちょっと!」 「そうそう、これスゴイんだよ。カナコにも見せてやろうと思ってさ」  ヨウスケが箱から取り出したそれは、透明なビニール袋に包まれたひと振りのナイフだった。刃は金属の銀。柄は黒い木製。柄頭にも分銅状の金具がついている。 「うわ、なにこれ」 「じゃーん、すごいだろ」  得意げにナイフを取り出して握り締めたヨウスケにカナコは呆れ顔だ。 「何に使うのよこんなの、キャンプでもするの?」 「あぁ?ちげーよ護身用だよゴシンヨウ」  カナコはベッドに入り、羽毛布団に包まってそっぽを向いた。 「ばっかみたい。私がいる時は仕舞っといてねそれ」  ヨウスケは慌てて付属のナイロンの鞘にナイフを収め、カナコの布団を引き剥がした。「ちょっと!」カナコが抗議する。 「違うんだって!ただのナイフじゃないんだって!これはコレクションとしても非常に価値がある物で!」 「いくらだったの?」 「……2万3千円」 「ばぁっっっかじゃない!?」  カナコは布団を奪い返し、ついでに枕も奪って顔をうずめた。 「いや、違うんだって、ほんとにスゴイんだってコレは!」 「2万んんん……お寿司行けたじゃない!」  ヨウスケは正座してカナコを布団の上から揺する。 「ほら、お前怖い話とか好きだろ?このナイフにはスゴいエピソードがあるんだって!」  それはホラー映画狂いのカナコには必殺のワードだった。  「……何?」  カナコのガードが緩んだ隙を見てヨウスケは布団を回収した。 「なんかよくわからないけど、昭和何年かに起きた○○○○○○殺人事件で犯行に使われた凶器がコイツらしい」 「ぜったいウソ(そんな事件知らないし)」 「ホントだって!サイトに書いてたもん。長いこと証拠品として□□□署の倉庫に眠ってたのをバイヤーが裏ルートで入手したらしい」 「……」 「このナイフで刺し殺された3人の被害者の霊が枕元に現れるとか」 「……」 「犯人を凶行に導いた悪霊が未だに憑り付いているとか」 「……」  カナコはヨウスケに手を伸ばした。 「もういっかい、見せて」 「おう」  ヨウスケはカナコにナイフを手渡した。 「おおぅ」  カナコが思わず声を上げる。 「昔の物にしてはキレイすぎると思うのよね~刃こぼれも錆びもないし」 「それは、□□□署の刑事がちゃんとキレイに手入れしたんだって!」 「証拠品なのに手入れなんてするのかな」  ナイフの刃に顔を近づけてカナコはしげしげと見つめる。そしてやおら手の甲にナイフをスゥーっと滑らせる。 「おい!気をつけろよ!」  カナコは上目遣いでくすくす笑った。 「意外と切れ味あるのね、産毛剃るのに使えそう」  カナコはもう一度、顔をナイフに近づけた。鏡のような刃に映り込んだ自分の顔を見ているのかもしれない。  カナコの愛らしい童顔とギラ付くナイフの対比は不思議な妖艶さを醸し出している。 「ん?……あ、これ」 「ん?……えっ」  カナコが柄頭の底面を指差している。そこには小さな小さな純白のシールが貼ってあった。シールには黒いゴシック体でこう印字されている。 『MADE IN CHINA』  製造メーカーが出荷時に貼り付けた物と一目で解るそのシールには、血糊はおろか少しのシミや汚れすら付着してはいなかった。 「……ぷっ!あはははは!まぁニセモノでもいいわ!案外カッコいいかもしれないし」  ヨウスケはひと安心した。今回の件でカナコに見限られないか内心不安だったのだ。カナコはナイフをテーブルの上に置いた。  カナコがヨウスケの手を取り、そのまま自分の胸まで持っていく。そしてニヤリと笑った。 「なんだか刃物を弄ってたらドキドキしてきちゃった」  それからしばらくして、カナコの肌の温もりと甘い匂いに包まれながらヨウスケはずっと考えていた。 「……MADE IN CHINA。中国の殺人事件だったのかな」  その翌日、日曜日の夕方。  都内の某アパートで、男女あわせて3名の死体が発見された。  死亡していたのはアパートの住人『緒方洋介氏(28)』。  その妻『秋子さん(34)』。  洋介氏の交際相手『本條香奈子さん(24)』。  警察によると三人とも死因は刃物による失血死。  秋子さんの死体が部屋の外で凶器と共に見つかった事から、秋子さんが二人を殺害してから自ら命を絶った物と見て捜査を進めている。  事件当時、洋介氏と秋子さんは別居しており、洋介氏と香奈子さんは以前から不倫関係にあったという。
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