ムンクはもう叫び声を聞かない

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*** ――1週間前、母は息を引き取った。 肺がんだった。 「タケちゃんをよろしくね」 母は最期まで、もう40歳にもなる弟を心配していた。 生前、希望していた自宅葬を執り行う。 母は明るくて面倒見のよい人だったから、親戚や友人など実に多くの人が母との別れに涙を流してくれた。 この1週間は色々な人から俺の知らない母の話を聞いたし、自分でも母との思い出を懐古した。 弟と『叫び』の話になったときには、あのムンクは俺らの取り合いの叫び声に対して耳を塞いでいたのかもな、と笑い合った。 ――あの家が懐かしい。 急にあの家に帰りたくなった。 弟が 「俺は遠慮しておくよ」 と言ったので、一人であの家へと向かう。 昔はよく俺の後ろをついてきたのに――と、誘いを断った今の弟に幼い頃の影を重ね、少し寂しくなった。 初恋の人に会うような気持ちで最後の角を曲がる。 そこに見えたのは、煌煌と照らされ風に煽られる 更地だった。 ――あのムンクはもう叫び声を聞かない。 母の骨を見たときと同じにおいが、俺の胸を掠めた。
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